神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「…………香火彦さんと呼ばれる方は、何人もいるということですか?」
「いいえ」
咲耶の推察を、猪子がきっぱりと否定する。次に猪子が話したことは、咲耶にはすぐに理解し難い内容だった。
「カカ様は『時の循環』をいわれにもつお方。我らとは違い、その身と心を循環する定めをもっておられるのです。
それは“毛脱け”と呼ばれる心身の……いわば生まれ変わりのような事象。
先ほどの光は、それが行われたことを示したものなのです」
「それで……そのことが私に、どういう影響があるというんですか?」
一向に要領を得ない話の成り行きに、咲耶は不安のあまり、自ら死刑宣告をうながす想いで問い返す。
「分かりません。今度のカカ様が、どのような沙汰を咲耶殿に下されるかは」
しかし、同じ『神』であるはずの猪子の答えは、結論を先延ばしにするという、咲耶にとって最も嫌なものであった。
「先ほどまでのカカ様は規律に厳しい面もお持ちでしたが、同時に温情あるお方でもありましたから、咲耶殿の処遇にも何らかの配慮をしてくれるはずでした。
ですからわたくしも、“毛脱け”の前にと、咲耶殿をお迎えに上がったのです。ですが──」
猪子の細い目が、上空へと向けられた。
「いま、あちらの宮に居られるのは……気まぐれで無邪気な、幼いカカ様。咲耶殿にどのように接するかは……ご気分次第でしょう」
嘆息と共に猪子は告げたが、誰よりも嘆きたいのは咲耶のほうであった。
(私のこれからが、気分次第で決められるだなんて……)
咲耶は、和彰や“眷属”たちと過ごした屋敷のあるだろう方向を、振り返る。
(和彰……みんな……)
咲耶の胸にあるのは、彼らに対する想いと、それを伝えるべき者たちがいる故郷への想い。
理不尽だと嘆いても、状況は変わらない。ならば、前を向き、自分が進みたい道をつかみとらなければ。
(もう一度、この世界に戻ってくるためにも)
咲耶は意を決してシシ神の女を見つめた。
「……香火彦さんに、会わせてください」
「いいえ」
咲耶の推察を、猪子がきっぱりと否定する。次に猪子が話したことは、咲耶にはすぐに理解し難い内容だった。
「カカ様は『時の循環』をいわれにもつお方。我らとは違い、その身と心を循環する定めをもっておられるのです。
それは“毛脱け”と呼ばれる心身の……いわば生まれ変わりのような事象。
先ほどの光は、それが行われたことを示したものなのです」
「それで……そのことが私に、どういう影響があるというんですか?」
一向に要領を得ない話の成り行きに、咲耶は不安のあまり、自ら死刑宣告をうながす想いで問い返す。
「分かりません。今度のカカ様が、どのような沙汰を咲耶殿に下されるかは」
しかし、同じ『神』であるはずの猪子の答えは、結論を先延ばしにするという、咲耶にとって最も嫌なものであった。
「先ほどまでのカカ様は規律に厳しい面もお持ちでしたが、同時に温情あるお方でもありましたから、咲耶殿の処遇にも何らかの配慮をしてくれるはずでした。
ですからわたくしも、“毛脱け”の前にと、咲耶殿をお迎えに上がったのです。ですが──」
猪子の細い目が、上空へと向けられた。
「いま、あちらの宮に居られるのは……気まぐれで無邪気な、幼いカカ様。咲耶殿にどのように接するかは……ご気分次第でしょう」
嘆息と共に猪子は告げたが、誰よりも嘆きたいのは咲耶のほうであった。
(私のこれからが、気分次第で決められるだなんて……)
咲耶は、和彰や“眷属”たちと過ごした屋敷のあるだろう方向を、振り返る。
(和彰……みんな……)
咲耶の胸にあるのは、彼らに対する想いと、それを伝えるべき者たちがいる故郷への想い。
理不尽だと嘆いても、状況は変わらない。ならば、前を向き、自分が進みたい道をつかみとらなければ。
(もう一度、この世界に戻ってくるためにも)
咲耶は意を決してシシ神の女を見つめた。
「……香火彦さんに、会わせてください」