神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
《三》逆らえぬ者の、さだめ
総白木で造られた、茅葺き屋根をもつ小さな建物。地上から離れた宮は、神が住まうにはいささか質素に思える佇まいだ。
入り口を護るように立っていたのは、麻の貫頭衣をまとった熊。咲耶たちに軽く会釈すると、なかへとうながす仕草をしてみせた。
猪子に続き、咲耶も足を踏み入れたのだが、とたん、子供の甲高い声が飛んできた。
「どこへ行っておったのだ、猪子!」
まるで父親が娘を叱るような物言いだが、声の持ち主は咲耶の身の丈の半分ほどしかない男の子だった。
ふくよかなシシ神の女に突進してきたかと思うと、そのまま甘えるようにしがみついている。
「“毛脱け”前の我を残して行くとは……よほどの理由があってのことであろうな?」
いきなりのことに、ぎょっとする咲耶を尻目に、慣れた様子で猪子は応えた。
「カカ様。“下総ノ国”の白い“花嫁”を連れて参りました」
「下総の……? 白いトラ神の嫁御か?」
猪子の腕のなかから、咲耶に目を向け──否、顔を向けてきた子供は、鼻をすんと鳴らした。
「……あまり美しくないのう」
(はい?)
耳を疑うような言葉だと思ったのは、何も心情的に傷ついたからだけではない。
艶々とした黒髪をみずらに結った幼子の目は、閉じられていたからだ。
「まぁ、よい。『とが』と『びしゅう』が別のものであることくらい、我も知っておる。
美しくないからと言って、それすなわち罪などと、言うつもりなどない」
そのまま目を開くこともなく、幼い神は咲耶に背を向け室内の奥へと進む。
一段高くなった床に敷かれた莚に腰を下ろすと、咲耶と向き合う形となった。
(目が不自由だったりするのかな?)
まぶたを閉じた姿から咲耶はそんな想像をするが、それにしては足取りはしっかりとしている。
人でない以上、人の基準で図れない……何か意味があるのかも知れない。
「咲耶殿」
猪子からの言外の指示に気づき、咲耶はあわててその場にひざまずき、平伏する。井草の香りが、鼻腔をくすぐった。
「松元咲耶と申します」
「──ふむ。面を上げよ。
桜ではなく松とはな。木花のようにはなれぬわけだ。
我名は煌。またの名を速男、またの名を香火彦という。
猪子からいわれは聞いておるか」
付き従うように側にいる猪子から、片手に収まるほどの木の板を受け取ると、もう一方の手でその表面に触れる。
入り口を護るように立っていたのは、麻の貫頭衣をまとった熊。咲耶たちに軽く会釈すると、なかへとうながす仕草をしてみせた。
猪子に続き、咲耶も足を踏み入れたのだが、とたん、子供の甲高い声が飛んできた。
「どこへ行っておったのだ、猪子!」
まるで父親が娘を叱るような物言いだが、声の持ち主は咲耶の身の丈の半分ほどしかない男の子だった。
ふくよかなシシ神の女に突進してきたかと思うと、そのまま甘えるようにしがみついている。
「“毛脱け”前の我を残して行くとは……よほどの理由があってのことであろうな?」
いきなりのことに、ぎょっとする咲耶を尻目に、慣れた様子で猪子は応えた。
「カカ様。“下総ノ国”の白い“花嫁”を連れて参りました」
「下総の……? 白いトラ神の嫁御か?」
猪子の腕のなかから、咲耶に目を向け──否、顔を向けてきた子供は、鼻をすんと鳴らした。
「……あまり美しくないのう」
(はい?)
耳を疑うような言葉だと思ったのは、何も心情的に傷ついたからだけではない。
艶々とした黒髪をみずらに結った幼子の目は、閉じられていたからだ。
「まぁ、よい。『とが』と『びしゅう』が別のものであることくらい、我も知っておる。
美しくないからと言って、それすなわち罪などと、言うつもりなどない」
そのまま目を開くこともなく、幼い神は咲耶に背を向け室内の奥へと進む。
一段高くなった床に敷かれた莚に腰を下ろすと、咲耶と向き合う形となった。
(目が不自由だったりするのかな?)
まぶたを閉じた姿から咲耶はそんな想像をするが、それにしては足取りはしっかりとしている。
人でない以上、人の基準で図れない……何か意味があるのかも知れない。
「咲耶殿」
猪子からの言外の指示に気づき、咲耶はあわててその場にひざまずき、平伏する。井草の香りが、鼻腔をくすぐった。
「松元咲耶と申します」
「──ふむ。面を上げよ。
桜ではなく松とはな。木花のようにはなれぬわけだ。
我名は煌。またの名を速男、またの名を香火彦という。
猪子からいわれは聞いておるか」
付き従うように側にいる猪子から、片手に収まるほどの木の板を受け取ると、もう一方の手でその表面に触れる。