神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「時の循環を司どる方だと、伺っています。ですからご自身も、心と身体を循環させる定めを持たれているとか」

質問の意図も解らぬまま、咲耶はそつなく答える。自らを煌と名乗った幼き神は、得意げな笑みを浮かべた。

「その通り。我は魂をひとつ持ち、しかしながら人が生まれ変わるように、幾度も姿と心を変化させるのだ。
古い自分を脱ぎ捨て、新しい自分になる……という言い方が、正しいのかの?」

傍らの猪子に同意を求めるように顔を振る。猪子がうなずいてみせると、とん、と手にした板を叩いた。

「人ならば過去の自分は幼かろう。だが、我の過去は常に年老いた自分──香火彦なのだ。
『奴』は規律を重んじるわりに身内に甘い。今回も、我にそのつけ(・・)を払わせる気でおったようだな」

煌の口調は子供が大人を真似るそれに近い。
真になるものがないにも関わらず、我を貫き、他を排除しようとする物言いは、絶対主義者のようだ。

同じ『神』である黒虎(こくこ)闘十郎(とうじゅうろう)のように、内面にそぐわない容姿をもつ者といった印象だが、闘十郎のような老成さは感じられない。むしろ──。

(なんか、どこかの“国司”を思いだすわ……)

“神獣の里”の長ともなれば、上に立つ者としての振る舞いになるのは当然だろう。
それは解るが、明らかに年下……しかも、幼い姿の『神』に対してとる態度や心構えに、咲耶は困惑してしまう。

いままでの自分の経験が邪魔をして、感覚が狂うのだ。
そんな咲耶の前で、小さな指先を木の板の上でせわしなく動かしていた煌が、急に指の動きを止めた。

「……なるほどのう、そういう流れか。厄介なことよ。ふむ……では、まずはなんじの願いを聞こうか」

瞳を閉じたままの煌だが、顔は正確に咲耶に向いている。咲耶は驚いて猪子のほうを見た。

(私……元の世界に戻されるんじゃなかったの?)

拍子抜けする思いでシシ神の女に無言で問いかけるも、あえてのことか猪子の表情は変わらない。
中立公正の立場でいるのを装ってのことか、他に考えがあるのかは読めなかった。

咲耶は、薄氷を踏む思いで慎重に口を開く。

「私が……条件を偽られて喚ばれた“花嫁”であることは、知っています。だから、元の世界に戻されてしまうだろうことも。
ですが、私は……和彰の……“下総ノ国”の白い“神獣”の“花嫁”として、もう一度この世界に……“陽ノ元” に、帰ってきたいと思っ……──」
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