神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(私に……自分から言わせるため?)

「勘違いするでないぞ? 我が“神獣”の一つ木を手折(たお)るなど、造作ないことよ。
だがの、(あま)のうるさい神々どもに(とが)め立てされるのもしゃくだしの。面倒ごとは、少ないにこしたことはない」
「……ありがとう、ございます……」

複雑な心境ながら、なんとか和彰を失わずに済んだことに、礼を言う。咲耶の反応に、煌はふたたびにやりと笑った。

「礼を言うのは早いのではないか? 白いトラ神の出生については問わぬとしただけ。
それも、なんじの偽りの召喚を正すことと引き換えにな」
「……はい」


解っている。咲耶が元の世界に戻ることを前提にしたうえでの話なのだ。咲耶が和彰の“花嫁”でなくなることが──。

息苦しさに、咲耶は胸もとを押さえる。その右手には、白い“痕”がある。
そうなれば、これも消えて無くなるのだろうか? ──いや。

(“痕”が消えても、和彰とのことが、なくなるわけじゃない)

和彰と暮らした日々が、和彰が咲耶にくれた言葉の数々が。咲耶の心には、確かにあるのだから。

「なんじを在るべき時と空間へ戻す。……これで、道は正すことができるが、香火彦の取り決めに背いた罪。
これは、いかにしてあがなおうかの?」

悲愴な思いでいる咲耶をよそに、猪子から新たな木の板を受け取り、煌がわざとらしく首をかしげる。
またしても、思いもよらぬ言葉を投げかけられた。

「それは……」

咲耶は息をのむ。言外に含まれた脅迫のような問いかけに、それでも自分の返す答えは決まっていた。

「私が、あがないます」
「……ふむ、立派な心意気よ。先ほどの我の罵りは、赦せ。なんじの本音を引き出すために申したこと。
そう……なんじの“対”は、なんじを手放した時点で罪をあがなったと我はみなす。そして、なんじは──」

言って煌は立ち上がり、咲耶の側に寄ってきた。
(おとがい)に伸びてきた小さな手。咲耶は、否応なしに仰向かされ、幼き神を見上げた。

「かの者の記憶とそれに付する一切の記憶を手放し、この“陽ノ元”を去ることとなる。
……なんじの願いからすれば、一番つらいことであろう。だが、だからこそのあがないとなる」
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