神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《四》彼氏未満の存在

軽快な電子音が頭のすぐ近くでした。咲耶は小さなうめき声をあげ、音の方向へと片手を伸ばす。

「……うるさ……」

身体に染みついた習慣が音源を途絶えさせようと、手探りする。
一瞬、『人』という簡単な漢字の字形を疑うかのような認識のずれがあったものの、すぐに指先が携帯電話のアラームを解除した。

「眠い……」

二度寝の誘惑に毎朝かられながら、うつ伏せの状態でつぶやく。仕事の疲れだろうか、やたらと身体が重い。おまけに──。

「ものすごく長い夢、見てた気がするんだけど」

独りごち、咲耶はその長い夢のなかの住人たちを思いだそうとした。

「うーん……?」

犬がいて、猫がいて。タヌキもいた気がする。ああ、それから。

「ホワイトタイガー」

……どうやら、動物園にでも行った夢のようだ。

「動物園、か……」

携帯電話を手に取る。未読のメッセージは、化粧品の通販サイトなどの企業からのみ。

「連絡、来ないな……」

最後にやり取りしたのは、先週……いや、先々週だったか。
ぼんやりと咲耶が『彼氏未満』の存在を思い浮かべた時、階下の母親から声がかけられた。





(なによ、デキ婚て!)

出勤前に聞かされた、弟からの結婚話。
おめでたい話には違いないだろうが、自分だけ除け者にされたようで、咲耶は面白くなかった。

カーステレオからはお気に入りのアーティストが、この世には恋よりも大切なものがあると、切々と歌い上げている。
出勤時にはカラオケ並に熱唱する咲耶だが、今日はそんな気分にはなれなかった。

(連絡ないし、もうダメなのかな……)

車は慣れた道筋を行く。交通量の少ない国道。
咲耶の出勤時間は一般的な会社より遅い時間帯なので、運転のストレスなく職場に着ける。

だが、マイカーを駐車場に停めた時、咲耶は盛大な溜息をついていた。
──人生は、恋や愛がすべてじゃないと、自らに言い聞かせながら。


       ※


合コン、と便宜上は銘打っていたが、総勢十数人のそれは、同窓会のような『食事会』だったように思う。
世話好きの友人が、自分の職場と同級生のうち、現在フリーな人間に片っ端から声をかけたらしい。

「──で、あたしのオススメは、右斜め前の岡田くんね。顔はイイし次男坊だしさ。
どっちかっていうと草食系だから、まっちゃんから声かけた方がいいかも」
< 352 / 451 >

この作品をシェア

pagetop