神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……あ、わたし先に車行ってるねー」

棒読みのセリフからは同級生の気遣いと羨望が感じられた。しかし咲耶は、自分が彼女が思うような立場にないことを知っている。

(だって私、この人と話もしてないし)

ましてや、相手側ならともかく、自分がひとめ惚れされるような容姿でないことも、充分に解っている。
忘れ物でもしたのだろうかと、バッグの中身を確認しつつ、訊き返す。

「えっと……何か?」

忘れ物はない。となると、気づかない間に失礼を働いたのだろうか?
と、そこまで考え、隣にいた女性に調子を合わせていたことを思いだした。

(うわ、悪口言ってたって、根にもたれてる?)

よくよく思い返せば、年上美女との話の前から視線を向けられていたのだが、咲耶には、こと恋愛方面で自分に都合よく解釈する要素が欠落していた。

だから、次に目の前の男が発したひとことも、彼はなんのミッションを受けてきたのだろうと、考えてしまうほどだった。

「連絡先、教えて」


       ※


(先に声をかけてきたのは、向こうなのに)

店の片隅にある個室で制服に着替えた咲耶は、携帯電話の画面をうらめしく見つめる。

霜月(しもつき)(しゅう)と表示された左横には、白い虎の写真のアイコンがあった。
無表情で咲耶に連絡先を訊いてきた彼の名だ。そして現在、咲耶の『彼氏未満』でもある存在──。

(そりゃ最初は、ちょっと胡散《うさん》臭いなとは思ったけどさ)

身だしなみチェックのため、鏡を見る。そこに映る自分の顔は、絵に描いたような十人並みだ。
対して相手は、無表情なのを差し引けば、引く手あまたな美貌の持ち主。

(罰ゲームじゃなきゃ結婚詐欺かもって、思ったりもしたし)

だが、詐欺なら愛想よく振る舞うだろうし、咲耶を『落とす』のが目的のゲームならば、なおのことだろう。
そう気づいたのは、初めて食事に誘われた時だ。


       ※


合コンで使われたイタリアンレストラン。会話もほぼなく終えた食事に、次はないなと咲耶が思った帰りの車中でのこと。

車の走行音のみが響くなかで彼が口にした言葉は、

「好きだと思ったけど、違ってた?」
「へ?」
「食事、ほとんど口にしてなかったから」
「や、あの……緊張して……」
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