神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
茜によると、本来“神獣”は“神獣の里”と呼ばれる場所で生まれ育ち『人の姿』に“化身(けしん)”できるようになると、“国獣”として遣わされるらしい。
ところがハクコは“神獣の里”以外の場所で生まれ、【人の手によって育てられた】という。

(それなのに、人に寄り添ったことも、なでられたこともないだなんて……)

どんな育てられ方をしたかなど、容易に想像がつく。おそらく、『めずらしい獣』として、檻にでも入れられていたのではないだろうか?

考えてみれば、トラは猛獣だ。
トラと同地域に生息する草食あるいは肉食動物のほとんどが、その犠牲になると、咲耶も何かの本で読んだことがある。
そんな恐ろしい獣を、「猫みたいで可愛い」などと思ってしまう自分の危機感の無い言動のほうが、よほどおかしいのだ。

(でも、たとえどんな『猛獣』でも、育ててたりしたら、情がわいたりしないのかなぁ?)

犬も猫も本来は野生の動物で、人間の都合で飼い慣らしたものだ。
しかし、育てている過程で目には見えない『絆』が生まれたりもする。……それと、同じように。

「……お前は、変わっているな。犬貴もそう言っていた」

ぽつりと洩らされたハクコの言に、咲耶は遠い目をしてしまう。

確かに咲耶は「変わっている」と友人知人に評されることが多かった。本人は、至って平々凡々な、面白味のない、普通の人間だと思っているのに。

(ってか、犬貴にもそう思われてたなんて、ショックだわ~)

うぬぼれを重々承知で言わせてもらえば、咲耶は犬貴に未熟とはいえ「良き“主”になりえる」と、見られていると思っていたからだ。

「変わって……ますかね? 私」
「変わっている。私に名を尋ねたのは、お前が初めてだ」

そんなことで? と、問い返そうとした咲耶の前で、ハクコは足を止め咲耶に向き直った。

「私はそれまで、自分に名がないことなど、気にも留めなかった。
名とは互いに関わり合うために必要なものであって、関わる者の限られる私には不要なものだからだ」

名前は、固有のもの。そんな当たり前のことに、咲耶はいまさらながらに気づかされた。
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