神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
都心にも比較的近い地域ではあるが、田舎の風景をまばらに残すのが、この辺りの特徴だ。

(は、早まったかな……?)

電話の直後、霜月が店まで車でやって来たので、咲耶はオーナー夫婦に断りを入れ、自分の車を駐車場に置いてきていた。

でこぼこ道に大きく傾く車体。咲耶の脳裏に、翌日の昼のテレビニュースに映し出される、事件性のありそうな捜索現場が思い浮かぶ。

「……もう少しで着くから」

不安な気持ちを察したように、霜月が口を開いた。

無言と無音の車内には大分慣れてきたつもりだが、急激に高まった気持ちを平常心に戻させるには充分な環境だった。
それでも、霜月からの電話は素直に嬉しかったし、咲耶がためらう理由はなかった。

──ただしそれが、初めてのお宅訪問、家族との対面、さらには夜分遅く──などという、悪条件でなければの話だ。

「遅い時間にお邪魔して、お家の人に迷惑じゃないかな?」
「来て欲しいと誘ったのはこちらだから問題ない」
「……残り物のお菓子が手土産って、微妙だよね」
「雑食だから大丈夫」

淡々と応じる霜月に、咲耶はそこで思わず噴き出した。

(雑食って……犬じゃあるまいし)

口もとを押さえつつ、咲耶はちらりと霜月を見やる。

「……笑った」
「へ?」

どちらが? と訊き返したくなるタイミングで微笑えまれ、咲耶がとまどっていると、霜月の視線が前方に戻った。

「着いたから降りて」

ほぼ同時に、車が停止する。
一向に家らしきものが見当たらず、まだまだ先なのだろうと思っていた咲耶は、驚いて周囲を見回した。

車のヘッドライトが消えると、一瞬、闇につつまれたような錯覚を起こしたが、すぐに(やぶ)向こうから漏れる灯りに気づく。

「松元さん」

助手席に回った霜月がドアを開け、咲耶に手を差し出してくる。

「行こう」

咲耶はおそるおそる霜月の手に、自らの手を重ねた。
ひんやりとした手の感触は初めてにも関わらず、なぜか懐かしく感じ、咲耶の胸をしめつけた。
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