神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(なんだろう、これ……)

ときめきや緊張ならともかく、そういった感覚とは違う手繋ぎに、咲耶は首をかしげるのだった。





「いらっしゃい。どうぞ中へ」

日本家屋の大きな屋敷。家政婦でも雇っていそうな広さだが、そう言って咲耶を出迎えたのは、若い男性だった。

「柊の兄で、(たかし)といいます」

玄関先ではなんだからと、奥に案内してくれる背中を見ながら、咲耶は感嘆の溜息をつく。

(び、美形兄弟……)

霜月より上背はないが、伸びた背筋と身のこなしの所作が、自然でありながらも美しい。
咲耶を出迎えた際に見せた笑顔も、とても優しいものだった。

「──あ"~、ねみぃ……」

突然、かすれたダミ声と共に、開いた障子から体格の良いスエット姿の男性が現れた。
ぎょっとする咲耶の前で、貴が驚くほどの素早さで男を押し退け、ふたたび障子を閉めた。

「失礼、お見苦しいものを」
「いえ、あの……」
「お~、こら、俺だけ仲間外れにすんなよな? こっちは特訓続きで寝てねぇけど、さく──」

不自然に途切れる声。何事もなかったかのように、貴が咲耶を振り返る。

「参りましょうか」
「松元さん」

二人にうながされ、咲耶は微妙な心地になりながらも貴のあとに続き、応接間へと通された。

「あの、店の残り物なんですけど、良かったら」

味と質には自信があるが、咲耶が購入したものではないので、謙遜して貴に菓子箱を手渡す。

「良い匂いですね、ありがとうございます。
お茶を()れてきますので、少々お待ちください」

にっこりと笑い言い残して、貴が部屋を立ち去る。
つられて笑顔を返したが、ふと咲耶はいぶかしく思い、目の前のシュークリームの入った箱を見た。

(……そんなに匂うかな?)

確かに香りの良い粉糖を使っているのは事実だ。
鼻を箱に近づけるでもなく、普通に手にしただけで感じられるとは、貴はよほど嗅覚が良いのだろうか。

「どうかした?」
「えっ……ううん、別に何も」

急に、しんとなる室内。床の間に飾られた価値のありそうな水墨画の掛け軸や、趣のある生け花。
慣れない状況にいたたまれず、咲耶は無意味に口を開いた。
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