神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
駐車場の外灯に照らされた顔は、光の加減のためか、霜月の表情に(かげ)りをもたらす。

ややして咲耶から視線をそらした霜月は、後部座席に手を伸ばした。その手が、咲耶に何かを差し出してくる。

「この間、渡せなかったもの」

薄灯りのなかに浮かぶ、編みぐるみ。
タヌキだ。情けないほど気弱な顔立ちが、可愛らしい。

「可愛いね、ありがとう」

素直に受け取りながら、霜月の話というのはこれだったのかと思い、別れを告げる。

「えっと……また連絡するね。それじゃ」

なんとなく物足りなさはあったが、欲張ってはいけないと自分に言い聞かせ、ドアを開けようとした。
背を向けた咲耶に、霜月の声がかかる。

「松元さん」

声と共に伸ばされた霜月の手指の爪が、咲耶の右手の甲を軽く引っ()いた。
驚いて動きを止めれば、車のシートとドアと、霜月に囲まれた自分に気づく。

(えっ……と)

影に覆われているのは、霜月が助手席側に身を乗りだしたせいだ。
咲耶の心臓がうるさいくらいに暴れだす。軽く触れられた程度の右手が、なぜかひどく熱かった。

「……霜月柊は好き?」

霜月の長い指が自分の右手に置かれたままなのを見ながら、咲耶は低い声音の問いかけを聞いた。

顔が、上げられない。上げればそこに、霜月の綺麗な顔があるのは分かりきっているから。

『猫は好き?』『動物好き?』と。訊かれて「好き」と答えてきた咲耶。
この質問に答えたあとに何が待っているのか、解らない年齢ではなかった。

──嫌いではない。そう消極的な評価で霜月と向き合っていたのは、昨日までの自分だ。
咲耶は、自覚した想いを思いきって口にする。

「す……好き……!」

早鐘を打つ心臓を楽にしたい思いで仰向けば、案の定、霜月の顔がすぐ側にあった。
その瞳に自分の顔が映るほどの距離。

「……そう……」

揺らぐ瞳には、せつなげな色がにじむ。
息遣いも間近にあるなか、霜月の表情の意味に咲耶が困惑しかけた直後、ぐっと顔が寄せられ反射的に目をつむる。

(キ、キスされるっ……)

逃げ場もなく、逃げるつもりもなく。咲耶はその瞬間を待った──が。
ごつん、という衝撃は、唇ではなく額に訪れた。

(いった……、え、えぇーっ! 私の勘ちが──)
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