神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
恥ずかしさに全身が熱くなると同時に、膨大な想いの奔流が渦となり、咲耶の心を襲う。

「な、っ……これっ……!」

わずかに身を起こした霜月の目が、観察するような冷静さと相反するような熱情を宿し、咲耶を見ている。
視界がぐるんと反転し、内側から脳が揺さぶられるような不快な感覚に、咲耶は吐き気をもよおす。

「……は……うっ……」

咲耶の手元から、タヌキの編みぐるみが落ちた──。


       ※


様々な人の顔と声が、現れては消えていく。その合間に見える景色は、知るはずのない遠い世界のもの。

()びて来たりし白虎(はくこ)(つい)なるは(これ)此処(ここ)()らんとす。契りし者を欲する我が身に降りて賜らんことを。解錠』

『そなたが呼ぶことで、初めてあれは、名をもつことになるのだ』

『わたしが姫さまにお仕えしている以上、姫さまの望むことをするのは、当たり前のことなのです』

『あの方は、淋しい方なのです。ご出生もお育ちも……他の虎様方と、違われてますから』

『へぇ……年増って聞いてたけど、こうして見ると、ハクと釣り合うくらいの歳に見えるじゃないの』

『お前の言動は、脈絡がない。だが……悪くない』

『“仮の花嫁”であるうちは、お前や私がいたあの世界に戻れる』

『お前さえ側にいてくれるのなら、私は、名などなくとも良いのだ』

『うちの姫サマに気安く触んじゃねぇよ。俺が椿チャンや犬貴に、怒られんだろーが』

『咲耶さま、お迎えに来たよっ! 詳しい話は、あとでしますからねっ?』

『忘れるな。私が欲しいのは名ではない。お前が私に与えてくれる、優しい彩りなのだ』

『あ、あの……ボクから見える咲耶様は、こういった感じなんですが……に、似てない、です、か……?』

『笑止な。(わらわ)はそのような()(ごと)を聞くために、ここに居るわけではないぞえ?』

『月からの使者の迎えも、天に帰る羽衣も、ないからではなくてか?』

『咲耶サマは、変わった御人(おひと)だって、コトさ』

(しろ)の姫、わたくしは傀儡(かいらい)なのでございます。正確には、表向きの“国司”尊臣を名乗っておる者』

『はっ。慈悲? 愛情? そんなもので、腹がふくらむものか。人がみな、高潔で貴い精神をもっているとすれば、話は別だがな』
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