神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶は肩を大きく上下させ、必死になって呼吸を整える。押し寄せた記憶の波と自らの感情の渦に、混乱しきったまま問いかけた。

「……どうして……?」

咲耶の右手をにぎりしめたままの美貌の青年。霜月柊という咲耶の『彼氏未満』の存在。

「どうして、和彰が、霜月くんなの……?」

咲耶の記憶が確かならば、間違いなく二人は同一人物のはずだ。
にもかかわらず、咲耶は初めて和彰と──白い“神獣”の“化身”と出逢った時、同じ人物であると認識できなかった。

和彰が霜月と入れ替わったというのなら、まだ納得もできる。
しかし、いくら思い返しても、目の前にいる青年が白い“神獣”の“化身”であることと霜月柊であることは、変わらぬ事実なのだ。

「……私が過ごした時の流れと、お前が過ごした時の流れが、違うからだ。
記憶が封じられたお前は和彰(わたし)を知らない。私を知らないお前が霜月柊を知ることもない。
在るのは事実だけだ」

咲耶が“陽ノ元”に召喚されたのち、ふたたび同じ日を繰り返したことと。和彰がこの世界にやって来て、咲耶と共に過ごしたこと。

『卵が先か、鶏が先か』の議論でいえば『二人が出逢ったのは“陽ノ元”のほうが先』ということになるらしい。

(タイムパラドックスとかは、よく解らないけど……)

そもそも『時の流れ』に干渉できる神により、この世界に戻されてしまった自分は当事者だ。
傍観者でないのなら証明も解明も不可能であるし、また、その必要もない。──考えるべきは、これから先のふたりの行く末。

最後にもう一度だけ深呼吸をし、咲耶は霜月柊と名乗り自分の前に現れた和彰を見つめる。

「髪……切ったの……?」
「短い方が目立たないと言われた」
「お兄さんだって紹介してくれたけど、あれ、犬貴と犬朗だよね? 人の姿してたけど……」
「あの者らがお前に会いたいと言ったので、二葉(ふたば)の力を借りた」

淡々と何事もなかったかのように交わす会話。見え隠れする存在。二葉とは誰か。

(違う、こんな話がしたいんじゃない)
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