神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶と和彰が、いまこの世界で共に()るということ。同じ時と空間に存在する意味。
重ねられた指先から伝え合う体温は離れがたく、泣きたい衝動にかられそうなほど愛しい。

咲耶は、胸につまる想いを吐き出すように問いかける。

「和彰は……どうしてこの世界にいるの?」

本来なら、一番初めに訊くべきだったことを。答えの解りきった問いをあえて尋ねるのは、ささやかな意趣返しだ。
──突き放されたと感じ、涙を流した自分には、その権利があるはずだと咲耶は思った。

青みがかった黒い瞳が、まっすぐに向けられる。
誰もいない静かな夜の庭にたたずむような、孤独をかかえた魂が、対となる魂を乞う。

「咲耶、もう一度、お前に逢うためだ」

長い指に捕らえられたままの咲耶の右手が、上がる。その手を自分の頬に引き寄せ、和彰が告げた。

「私の“花嫁”は、お前しかいないのだから」

自らの右手の甲にある『白い(あと)』。消えていたはずの“証”が現れたのは、咲耶が白い“神獣”の“花嫁”に戻ったことに他ならない。

「かずあき……!」

のどがつまって、うまく声が出せない。視界がゆがみ、見えなくなる姿に不安を覚え、咲耶は和彰の胸に頬を押し付けた。

「もう……二度と、私のこと離さないで……! あんな思い、もう絶対に、したくない……!」
「咲耶……」

かすれる声音が咲耶の鼓膜を震わせる。
どんな愛の言葉よりも、自分を呼ぶ響きが一番に心に届く。そこに含まれる甘美な想いを知るからこそ。

咲耶は、背に回された和彰の腕のぬくもりに、酔いしれる。
いまだけは何も考えずに、ただ想いを寄せ合いたいと、願うのだった……。



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