神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
翌朝。目が覚めて、一番最初に咲耶が思ったことは。

(私……夢のなかの夢、見ている訳じゃないよね?)

自分が“神獣”の“花嫁”であるというのは、28歳独身、子ナシ・職ナシ・彼氏ナシ!
……の三拍子がそろった現実が見せた、都合の良い夢にすぎないのではないかと。

(…………あ、29歳だった)

化粧品の通販サイトからのバースデーメールで、今日が誕生日だったのを思いだす。
溜息をひとつこぼしてから、携帯電話の通話履歴にある名前を確認した。

(……良かった。とりあえず『霜月くん』は実在してくれてる)

咲耶は、布団から半身を起こした状態で、恐る恐る電話をかけた。ほどなくして聞こえてきたのは、機械越しのなじみある声。

「咲耶」

瞬間、咲耶は脱力のあまり、携帯電話を取り落としそうになる。

「咲耶?」

不審そうな響きの声が手元から伝わり、咲耶はあわてて話しかけた。

「……ごめん。なんか、和彰の声聞いたら、力が抜けちゃって」
「具合でも悪いのか」
「や、じゃなくて……。和彰の声が聞けて、和彰に咲耶って呼んでもらえて、嬉しかったから……」

じわじわとこみ上げてくる幸せの実感に、落ち着かない気分になり、無意味にシーツのしわを伸ばす。

そうか、と、相づちを打ち、和彰が話を継ぐ。

「私も、お前の声が聞けて嬉しい。今の私はお前の『気』を探ってはならぬ上に、“魂駆(たまが)け”も叶わぬのだから」
「うん……」

和彰がこの世界にいるのは、煌が三つの禁忌と引き換えに、咲耶の元に来ることを許したからだ。

ひとつ、“神獣”としての『力』は遣わぬこと。
ひとつ、自分が和彰だと名乗らぬこと。
ひとつ、咲耶の名を呼ばぬこと──。

(私のことを『松元さん』って呼び続けた理由)

この内の二つは、咲耶が煌の為した封印を解き、記憶を取り戻した時点で禁忌から外されることになっていたらしい。

しかし、和彰の“神獣”としての本性や力は、この世界に大きなゆがみを与える可能性があるため、何があっても顕してはならないとされているそうだ。

よって和彰は、この世界では人として(・・・・)過ごさなければならない。

「これから煌の元へ行き、お前が記憶を取り戻したことを伝えてくる」
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