神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
努めて明るく言ってみせたが、里枝は渋い顔で溜息をついた。

「……昨日、夜遅かったのもそのせい? あんた、変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「まさか! ゆうべ遅くなったのは……その、彼氏の家に行ってたからで」
「彼氏?」

娘が良からぬ考えをもたないよう説教モードに入りかけた里枝の顔が、一瞬だけ呆けた。
が、すぐに、合点がいったという表情になる。

「ああ、あんたがちょっと前に、やたら休みになると出掛けてた理由ね。友達、とか言ってたけど?」
「だ……だって、また自然消滅したらって、言い出しづらくて……」

ゴニョゴニョと言い訳する咲耶を尻目にしたあと、里枝は壁時計を見上げる。

「まぁ、あんたの歳で何もないのも考えものだけど……(たける)の二の舞だけはやめなさいよ?」

スーパーの出勤時間が迫った里枝は、弟を引き合いにした嫌みを言い立ち上がった。

親戚のおばちゃん連中に「アンタの母さん、昔から一言多いのよ」と、小さな頃から言われ続けてきた咲耶だ。
里枝のこういった言動には耐性ができている。

「……分かってるよ。気をつけて、いってらっしゃい」

建て付けの悪い裏のガラス戸から出て行く母親を見送り、咲耶は溜息を禁じえなかった。
自分がこの世界に戻って来た、本当の目的を思いだしたからだ。

(私は“神獣”の“花嫁”になったの! ……なーんて言っても、信じてもらえないだろうなぁ……)

精神の病を疑われて終わりだろう。特に、咲耶の現状を思えば、精神不安定からなる現実逃避と思われるのがオチだ。

(お母さんに心配かけたままなのは嫌だって思ってたけど、よく考えたら説明のしようがないんだよね)

頭を悩ませながらも、咲耶は身支度を始める。約束の時間が近づいていたからだ。

和彰が、霜月柊としてこの世界で暮らすことを手伝っていた人物。その者が、咲耶を迎えに来ることになっていた。
和彰いわく、“陽ノ元”にもこの世界にも、精通している人間らしい。

(ひょっとしたら、その人が何か、妙案を教えてくれるかもしれない)
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