神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「あれじゃ、いくらなんでも咲耶サマが可哀想じゃねぇかっ──」

勢い、長身の青年の片腕につかみかかる。瞬間、自分の前足が、風圧によってはじかれ、真空の刃に切り裂かれた。

「黙れ! ()れ者がッ」

その血しぶきを“主”に浴びせぬよう、盾となり立ちはだかる、同郷の友。

精悍(せいかん)な顔立ちの虎毛犬の得意技(じゅつ)を受け、犬朗はペロリと自らの前足をなめた。低く、うなり声をあげ、その顔をにらみつける。

「……やってくれるじゃねぇか、黒いの」
「貴様はッ……、ハク様の尊いお気持ちを、察することができぬのか!」
「はぁ? んなモン、知るかボケ。
好きな女がてめえの側にいたいっつってるのに、故郷に戻れって突き離すとか、イミわかんねぇ!」
「この単細胞の駄犬めッ! 恋慕の情だけではどうにもならぬ、道理というものがあるのだ!
咲耶様のお気持ちだけではなく、咲耶様のお身内の心情も、少しは考えろ!」
「だーかーらぁ、んなキレイゴトの話じゃねぇっつってんだよ!
第一、咲耶サマはもう、親の手をとうの昔に離れた、いちお大人の女だろ! てめえの身の振り方くらい、てめえで責任負えなくてどうすんだよ!」
「親の心とは、子が幾つになっても変わらぬものだろう! 行く末を案じ、思い悩むものなのだ。だからこそハク様は」
「あーあーあー。だよなぁ?
どっかの愁月のオッサンが、余計な親ゴコロとやらでこの国中巻き込んで、えっらい騒動引き起こしてくれたもんなぁ?」
「貴、様ッ! いい加減に──」
「あああのっ! すすす、スミマっ、センっ!」

思いきったような声が、すぐ側であがる。にらみ合った状態のまま、視線をそらさず甲斐犬たちが同時にうなった。

「ああん? ナンだ、タンタンも参戦する気かぁ?」
「邪魔をするな、たぬ吉。下がっていろ!」
「ひっ……。あ、あの、ですが、その……」

ひるみつつも引かない たぬ吉の様子をいぶかしんだ、瞬間。どーん、という衝撃が、犬朗の後頭部を直撃した。

「お、わっ……!」
「このっ、阿呆な甲斐犬ども!」

弾力のある重い物体の正体は、キジトラ白の猫の、体当たりだった。

「いつまでもジャレ合ってんじゃないよっ。あたいら“眷属”は、“主”様がいてこそだろ!」
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