神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「あの方は、淋しい方なのです」

犬貴の言葉がよみがえり、咲耶の胸をついた。

会って間もない咲耶を、ためらうことなく「必要だ」と答えるハクコの魂は、なんと孤独なものだろうか。
それほどまでにすがりたい気持ちがありながらも、自分と共にあっては害を及ぼすかもしれないと、憂える。

(自分勝手な人だと、思ってた)

咲耶の意思などお構い無しに動く者だと。
けれどもそれは表面的なものであって、ハクコの幼い心は、冷静な判断力はあっても胸にわきあがる想いの対処の仕方が、分からないのだ。

『白い痕』のある右手を、ハクコの胸もとに伸ばす。幼く孤独な魂に、寄り添うように。

「……じゃあ、早くあなたの名前を【呼べる】ように、頑張りますね」

ちょっと笑って見上げると、あるかなしかの微笑みが返ってきた。咲耶の右手を自らの左手で押さえこみ、ハクコが顔をうつむかせる。

「よろしく頼む」

息がかかりそうなほどに近づいたハクコの唇に、ふいに、美穂から言われたことを思いだした。

「ハクに名前を教えたいの? だったら、ヤッちゃうのが一番手っ取り早いけど……まぁ、とりあえず、チューくらいから試してみれば?」

「……っ……ムリっ!」

心の声が、思わず口をつく。すかさずハクコが反応した。

「無理そうか? 時間がかかるのは私も承知している。()く必要はないと思うが」
「いや、そうじゃなくてですね、別にあなたとどうこうするのがダメとか、そういうことでもなくて……。ああっ、違う! 私、なに言ってんだろ……」

咲耶の言葉に、心細そうな顔を向けてくるハクコを見て、さらに咲耶の頭のなかは混乱をきたす。

(ここで下手な対応したら、この人、傷つけちゃうじゃん、私!)

しっかりしろ、と、自分で自分をしかりつける。咲耶のほうがハクコよりも、長い年数を生きているのだ。

(…………そりゃあ、処女だけどさ)

『永遠の二十八歳』にして未通女(おぼこ)の咲耶と、『見た目は二十五歳の美青年』、中身は二年四ヶ月の幼獣ハクコ。
美穂のいう「手っ取り早く名前を伝える方法」は、ふたりには、難易度が高すぎる。

(でも、まぁ──)

千里の道も一歩から、ともいう。
咲耶は背伸びをして、ハクコの頬に唇を寄せた。想いをこめて、押しあてる。
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