神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
条件を偽ったといって、すでにこの世界に存在していた“花嫁”を、問答無用で連れ去った神々の考えることだ。
“主”たちの心情も命も、軽んじられるだろうことは、容易に想像がつく。

にもかかわらず、そんな相手に対し、自分のすべてを賭けろと助言した愁月に、犬朗は憤りしか覚えなかった。

犬貴の両の前足が、犬朗の前脚を強く抑えつける。

「よく考えろ! 今の状況が、すでにハク様にとって不利なのだ!」
「不利なだけじゃなく、最悪の状況にしたってことだろうがッ」

吐き捨てるように言った犬朗に、短く犬貴が吠え、反論しかけたその時。

「──前置きが長すぎるのは私の悪癖と認めるが……。
良いのか、犬朗。ここで時を無為に過ごして」

嫌みなほどに長いため息ののち愁月が放ったのは、さらに犬朗の怒りを倍増させる、ひとことだった……。


❖❖❖❖❖


「……納得できたのか? 犬朗」
「納得なんざ、しちゃいねぇよ。
ただ──旦那を異界に独りきりには、できねぇってコトだけさ」
「……そうだな」

純真無垢な白い“神獣”を護ってやれるのは、自分たち“眷属”だけ。たとえそれが、見も知らぬ世界の、地の果てであったとしても。

「お、お、お気をつけて!」
「アッチの世界に行ってまで、阿呆なケンカすんじゃないよ!」

それから──と、残される“眷属”らが声をそろえる。
“主”たちの行く末が、どうか幸せであるようにと願う彼らに、犬朗は大きくうなずいてみせた。

「おう、任せとけ! 咲耶サマと旦那の赤い糸は、俺がガッチリ玉結びにしてやんぜ!」
「──椿、留守を頼む」

部屋の片隅で“眷属”らのやり取りを見守る“花子”の少女に、犬貴が声をかける。

しっかりと、黙ってうなずき返す様を見届け、黒虎毛の犬の前足が上がった。
──その内にあるのは、金色に輝く稲穂。
“主”がヘビ神から賜った、“神宝具(じんぽうぐ)”。

愁月が言った『手助け』とは、この特別な道具の使い方だった。

「……ビミョーな気分になるな……」
「言うな。貴様だけではない」

黒い甲斐犬と向かい合い、互いの前足の指を絡めるようにして、金色の稲穂を握りしめる。
その状況に、異界へ向かう“眷属”らの胸中は複雑だ。
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