神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
《二》禁忌と誓約──旦那、早く戻って来てくれよ……!
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「あ"~ッ。咲耶サマが遠い、遠すぎるぜ……!」
「少しは我慢しろ。こうして遠くからお姿を拝見できるだけでも有り難いと思え」
「けどよ~……」
「──あ、あのっ。良かったら、コレ、どうぞ!」
あとこれも……と言って、何かを人の姿をした犬貴に押しつけて行く、若い人間の女。
カサカサと音のする袋に入っているのは、『人間の食い物』だろう。
最後に押しつけられたのは『文のやり取り』を願う、暗号文字の書かれた紙切れらしい。
白い“神獣”の“化身”にも見劣りしない顔立ちになった相棒を、かがみこんでいた犬朗はあきれながら見上げる。
「お~、また交尾のお誘いかぁ? コッチの世界の人間のメスは、積極的だなぁ、おい」
「……私の本性を知らぬからだろう。無知とは恐ろしいな」
ため息と共に、袋を手渡してくる犬貴。受け取りながら、犬朗は遠い目をした。
(この姿は俺らの『本質』を表してるらしいけどな)
黒虎毛の犬と赤虎毛の犬の『異形の獣』である自分たちを『人の形』にした、特殊な力をもつ少女が言っていたこと。
(犬貴にはやたら人間のメスが寄ってくんのによぉ、俺のほうは逃げられるってなんなんだよ?)
これでは、強面の甲斐犬のままでいても大差ないだろうというのが、犬朗の見解だ。
しかし、問題は素材ではなく柄の悪さなのだということに、彼は気づいていない……。
犬朗たちがふたりの“主”を追いかけ、この異界の地へ降り立って数日が過ぎていた。
白い“神獣”は自らの『力』ではなく、ヘビ神の『力』でもってこの地にやって来たそうだ──犬朗たちよりも、ひと月以上前に。
“魂駆け”ではなく“化身”した姿、つまり、“神ノ器”のまま来れたのだが、ヘビ神の手を借りたことにより、いくつかの禁忌が誓約とは別に課せられてしまったようだ。
(時と空間と実在がどうたらこうたらとか言ってやがったけど、俺にはサッパリだしな)
犬貴ならもっと理解できているのだろうが、犬朗はそこらへんの仕組みは『なんとなく』しか解っていない。
(あと九日)
期限つきの滞在は、そのまま、白い“神獣”がヘビ神と為した誓約の要となっていた。
すなわち、ヘビ神によって為された白い“花嫁”の記憶の封印解除が、それまでにできるかどうか──。