神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(……ゲテモノ食いにでもなった気分だぜ)

片手で口もとを覆い、犬朗は背もたれに身体をあずける。隣では相棒が同様の気分でいるらしく、押し黙って座っていた。

「お疲れ様です。では、今日はこれで帰りましょうか」

バンッ、と、鉄の扉が閉まる音と同時に、低い奇妙な音がして振動が犬朗の身をつつむ。
その感覚に、身内に隠したはずの(・・・・・・)尾っぽが、毎回ぶるりと震える気がする。

(魔力が働くわけでも牛馬が引くわけでもねぇのに、こんな重たい鉄の箱が動くなんて、気味が(わり)ぃんだよな)

この得体の知れない『じどうしゃ』という乗り物の運転免許とやらを、白い“神獣”は持っている。犬朗たちが来る前に、合宿なる修行の場で取得したそうだ。

「ハク様は、仮免の試験も本試験も余裕だったんですよ~、さすが“神獣”様です!」
「そうでしょうね。ハク様は利発な方ですから」

と、特殊能力をもつ少女・二葉と、自分のことのようにうなずいた犬貴の会話を思い出す。

(つーか、親バカ……いや、兄バカかよ?)

「──そうそう、言い忘れましたが」

ブフッと噴きだした犬朗の耳に、前方で車を操る男が、何でもない話のように切りだす声が入る。

「あなた方の“神獣”サマは“陽ノ元”に帰られました」


❖❖❖❖❖


童子姿のヘビ神が、ぴんと伸びた背筋で正座をし、茶をすすっていた。

「……早かったの。まぁ、座れ」

堂々たる居住まいは、年長者を思わすが、その見かけの幼さに犬朗は一瞬だけひるんだのち、彼の付いた座卓に拳を叩きつけた。

「旦那を“陽ノ元”に帰したって、どういうことだよ?」
「──……一葉(いちよう)、片付けてくれるか」

問いには答えず、煌は犬朗の背後に目をやった。
犬朗の一打によって真っ二つに破壊された座卓を、無表情のまま脇に避けた男の目が、冷ややかな一瞥をくれたあと部屋から立ち去って行く。

「お~、こわいのう。あの者、相当怒っておったぞ。なんじら、生きて“陽ノ元”には帰れぬかもしれぬぞ?」

面白そうに含み笑いをもらす、わざとらしい仕草は、いたずら盛りの小わっぱのようで、犬朗は気勢をそがれてしまう。
ため息をつき、乱暴にその場に腰を下ろした。

「ほれ、風犬。なんじもこちらに来て座れ。白い虎神のことを気にかけておるのは、なんじも同じじゃろう?」

部屋の敷居をまたがず廊下で控えていた犬貴が、無駄のない動作で室内に入ってくる。
犬朗よりも後ろのほうに腰かけたのが分かった。
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