神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「なんじらは、この世界に来て何日目じゃったかの?」
「本日で三日目となります」
「そうか。見たところ、二葉の能力(ちから)を問題なく受け入れ、この世界──こちらの『気の流れ』に順応しているようにも感じるが、どうじゃ?」
「はい。何も、問題はありません」

『生命力』の摂取以外はな、と、犬朗は煌の問いにそつなく応える犬貴に、内心で横やりを入れる。

ふむ……と、幼き姿のヘビ神は、容姿に似合わぬ渋い顔をしてみせた。

「やはりそうか……。なんじらは元を正せば『不浄のモノ』。こちらのよどんだ気(・・・・・)にも、害されることはなかろう」

その言葉に、犬の“眷属”らは同時に反応する。

「もしや、ハク様は」
「旦那の身体が、コッチの生活に合わねぇ(・・・・)ってコトか?」

──清冽(せいれつ)な川で生きていた魚が、汚染されてしまった川で死にゆくように。
この世界の濁った『気』に、徐々にむしばまれてしまう“神ノ器(からだ)”。

「一葉は浄めの“呪”の力をもつが、それとて“神獣”が内包する途方もない『気』のすべてを浄めるには限度がある。
そして、もうひとつは」

ヘビ神が白い虎神に課した“禁忌”。

“神獣”としての本性を(あらわ)さないこと。愛しい者の名を呼びかけてはならないし、自分の真名(なまえ)も名乗ってはならない。
それらが、さらに白い“神獣”の身体と精神に、負荷をかけ続ける結果となってしまった。

(肉体が穢されるうえに、自分本来の姿で在れないなんてな)

汚れた川で泳ぎながら、思うように息継ぎもできないということだ。

「つまり……ハク様は“陽ノ元”にお戻りになって、お身体の回復に努めている、ということですね?」
「そうじゃ」

犬貴が“主”の現状を言葉にして確認しているのを聞いた犬朗の頭に、ふっとわき上がる、疑問。

「──ん? ちょっと待てよ……旦那はコッチに、いつ戻ってくる(・・・・・・・)んだ?」

今この瞬間、犬朗たちは白い“神獣”の“化身”を見てはいない(・・・・・・)

犬朗たちよりも一ヶ月以上も前に、この地に降り立った“主”。そのことが、意味する事実。

「……阿呆ヅラの割りに、なかなか鋭いのう、雷犬」

ニヤリ、と、それまでの神妙な仮面を脱ぎ捨てて笑う、時の循環を司る神。
< 388 / 451 >

この作品をシェア

pagetop