神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
そういう意味では、犬貴が一葉を責めるのは“主”贔屓(びいき)としか思えない。

(こいつも美醜の感覚がおかしいワケじゃなくて、単に“主”想いっつーだけだからな)

例の『駐車場』で、白い“花嫁”が勤める『洋菓子店』のなかにいる“主”の姿を透視でもしてそうな勢いで見つめる男を見上げ、犬朗は思う。

(旦那、頼む! 一刻でも早く、戻って来てくれ……!)

自分たち“眷属”だけではなく、いまは“花嫁”としての自覚すらない“主”も、表層意識には出ないところで、きっとそう思っているはずだと犬朗は信じていた。


       *


「食事会で運命的な『出逢い』をして、可愛いネコたちに囲まれて『恋』を自覚し、動物たちにエサやりをしながら『愛』を育んだのですよ!!」

ええ、そりゃあもう、しっかりと──と。

意気込んで犬朗の両手首をつかんだのは、“花子”の少女と同年齢くらいの少女だ。

「……二葉殿は、何か大事な物を母親の胎内に置いて来られたのだろう。残念なことだ」

と、犬貴にそう思われていること自体が、犬朗に言わせれば、当人にとって残念なことに違いなかった。

──遡ること、三日前。
誓約の期日が、残すところあと五日となり弱気になった犬朗が、

「俺よぉ、“陽ノ元”に残してきた“眷属(なかま)”に、旦那と咲耶サマの赤い糸を玉結びしてやるって、約束したのによ。
このままじゃあの二人、ダメになっちまうかもって、そう思ったら、なんかいてもたってもいられなくてさ。
……二葉チャン、なんか良い方法知らね?」

と、(わら)にもすがる思いで尋ねると、論拠も根拠もすっ飛ばす勢いで返ってきた言葉が、「大丈夫です!!」だった。

聞けば、二葉たちの家『白河(しらかわ)家』は、分家とはいえ本家に勝るとも劣らない情報収集能力と人脈をもち、政治の中枢にも顔が利くらしい。

加えて、霊能力も高い白河兄妹は、白い“神獣”とその“花嫁”のため、それらすべてを駆使して『ふたりの出逢い』を演出したそうだ。

(そういう『力』って、なんか他に有意義な使い道があるんじゃね?)

と、犬朗は思わなくもなかったが、いかんせん彼も黒虎毛の犬ほどではないが、“主”想いであるため、内心で突っ込むに留めた。
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