神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
速度を上げて、カーチェイスのように対向車線と走行車線を行き来する、一葉の乱暴で交通ルール無視な運転。
もともとスピードが出る乗り物が苦手な咲耶は、自らのシートベルトを握ったまま、青ざめて声を失ってしまう。

(もうっ、なんなのよっ……)

やがて車は山道へと差しかかり、ダムが見渡せる広い駐車場で停まった。
桜の季節ならば満車となるだろうが、殺風景な今の季節は、数えるほどの台数だ。
幸い……と言っていいのか、パトカーに追いかけられている気配はない。

(不自然なくらいに信号も青だったしね……)

生きた心地のしなかったドライブに、咲耶はぐったりとシートに沈みこむ。その様に、一葉がニヤリと笑った。

「申し訳ない。説明を、とのことでしたので、少し時間を作らせていただきました。
あいにく不器用なもので、運転しながらの複雑な話は苦手でしてね」

(……絶対、嘘だ……)

咲耶が疑惑の眼差しを向けるも、慇懃(いんぎん)無礼な男は涼しい顔で「さて」と話し始めた。

「“神獣”サマからのプレゼントは、お気に召しませんでしたか?」
「……は?」
「キーホルダーと編みぐるみ。今はお持ちでないようですね」

なぜ突然こんな話をされるのかと面食らいながらも、咲耶は正直に応えた。

「キーホルダーも編みぐるみも、家に置いてあります」
「家ですか。なるほど」

鼻先で笑ったあと、一葉は自らのジャケットの懐から、緑色の小さな紙を取り出した。ヘビを型どった折り紙のようだ。

「渡しておきます。先ほどくらいの弱いモノなら寄りつきませんから」
「……すみません、意味が分からないのですが」
「『御守り』です。
自覚されてないようですが、ただの人間でありながら“神力”をもつというのは、鴨がネギを背負っているようなもの。
悪霊などの類いからすれば、絶好のターゲットです」

ぐいと自分の手に押しつけられたそれを見つめ、咲耶は息をのむ。
先ほどの少女が、悪霊だというのか。

(だって、『普通の』女の子だったのに)

負傷して助けを求めている風にしか、見えなかった。

「……私は近視でしてね」

とまどう咲耶の耳に、さらに不可解な言葉が入ってきた。
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