神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
人を見下し、あざける表情は、咲耶の記憶にある誰かと重なって見えた。
だがすぐに、自分がそう言われても仕方のない発言をしたのだと、思い直す。

「一葉さんの話を聞いたうえで、こんなこと言うのは申し訳ないとは思います。
だけど私は──」
「迷惑うんぬんじゃなく、その思慮の浅さについてを申し上げたのです。
まったく……慈悲深いが聞いてあきれる。薄情な上に強欲ときた」
「なっ……」

今度こそ咲耶はカッとなり、陰険な眼鏡男をにらみつけた。

(薄情だの強欲だの……次から次へと、何様のつもりよ、こいつ!)

和彰がこの世界に来てから、世話になった人間だと聞いていた。

こちらに不慣れな和彰に親身に接してくれたからこそ、和彰が『霜月柊』としてあれたのだろう。
そう思って多少の失礼な言動は受け流してきた。

だが、人をけなすためにしかなされない言葉と態度の数々に、咲耶の我慢の限界がきてしまう。

反論してやろうと腹に力を入れた咲耶だが、それよりも前に一葉の容赦ない追撃がなされた。

「どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということでしょう。
“陽ノ元”を選んだ時点であなたは、親兄弟を捨て生まれ育った故郷を捨てる決断をしたことになる。
にもかかわらず、自分が居なくなる理由を説明をしたいなどと偽善的なことをおっしゃるので、口がすべりました」

たたみかけるように言うと一葉は頭を下げてみせたが、それがポーズでしかないことくらい咲耶にも分かっていた。
しかし同時に、返す言葉が見つからないことにも気づいてしまう。

(私……思い違いをしてた……)

まるで返り討ちにあったようだ。
胸に刺さった言葉の刃には毒が塗ってあり、それは咲耶の指の先にまで至って脳と全身をしびれさせる。

(お母さんたちに説明をしてから“陽ノ元”に行きたいっていうのは、後ろめたさからくる私の勝手な言い分だ)

仮に、里枝や健が咲耶のいう“陽ノ元”の存在を信じてくれたとしよう。
だが、“陽ノ元”があるのは異世界なのだ。
飛行機で片道12時間ほどのロンドンに、移住するのとは訳が違う。
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