神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
吹き抜ける風を避けながらタバコに火をつけ、一葉は紫煙をくゆらせた。
「……あなたにとっては、どちらを選んでも痛みを伴うのです。
“陽ノ元”を選べば親兄弟を失い、この世界を選べば“神獣”サマを失うこととなります」
心に鎧をまとって一葉の話に耳を傾けはしたが、それでも受けた衝撃の大きさに、咲耶の胸はぐっとつまる。
「それは……どちらか一方の命を奪われるって、こと、ですか……?」
「いいえ。
はっきり言ってしまえば、あなたが“陽ノ元”を選んだ場合、あなたがこの世界にいた事実が抹消されるのです。最初からね。
あなたのお母様はあなたを産まないから、弟さんにあなたという姉はいないことになる。
つまり、あなたが親兄弟だと認識している存在は、あなたの頭の中だけにしか存在しなくなるということです」
一息で告げたあと、一葉はふたたびタバコを吸い込む。我慢できずに、咲耶は先をうながした。
「和彰を、失うっていうのは……?」
自然に囲まれた場所で、身体に害しか与えないそれを思い切り享受し、一葉は灰を落とす。
意外なことに、片手には携帯の灰皿があった。
「その、名前。
和彰という“神獣”サマは本性と真名を奪われ、『霜月柊』という何も持たない男だけが残る。
もちろん、あなたの記憶……想い出の中の“神獣”サマも、消えて失くなります」
「そんな……!」
せっかく和彰と過ごした“陽ノ元”での日々を思いだしたというのに、また失うというのか。
「和彰は……このことを?」
「もちろん、知っておられますよ。だからこそ、私には理解しがたいのですがね。
あなたの記憶が復活し“花嫁”に戻った今、あなたにどちらかを選ばせるなど愚かなこと。
二人そろって“陽ノ元”に帰ればいいものを、わざわざ選択肢を与えるとはね。優しいようで残酷な“神獣”サマだ」
咲耶に背を向けると、一葉は車に寄りかかり天を仰ぐ。
雲ひとつない高い秋空。その澄みきった青さを汚すように、煙が吐き出された。
たまらずに、咲耶は言い返す。
「……あなたにとっては、どちらを選んでも痛みを伴うのです。
“陽ノ元”を選べば親兄弟を失い、この世界を選べば“神獣”サマを失うこととなります」
心に鎧をまとって一葉の話に耳を傾けはしたが、それでも受けた衝撃の大きさに、咲耶の胸はぐっとつまる。
「それは……どちらか一方の命を奪われるって、こと、ですか……?」
「いいえ。
はっきり言ってしまえば、あなたが“陽ノ元”を選んだ場合、あなたがこの世界にいた事実が抹消されるのです。最初からね。
あなたのお母様はあなたを産まないから、弟さんにあなたという姉はいないことになる。
つまり、あなたが親兄弟だと認識している存在は、あなたの頭の中だけにしか存在しなくなるということです」
一息で告げたあと、一葉はふたたびタバコを吸い込む。我慢できずに、咲耶は先をうながした。
「和彰を、失うっていうのは……?」
自然に囲まれた場所で、身体に害しか与えないそれを思い切り享受し、一葉は灰を落とす。
意外なことに、片手には携帯の灰皿があった。
「その、名前。
和彰という“神獣”サマは本性と真名を奪われ、『霜月柊』という何も持たない男だけが残る。
もちろん、あなたの記憶……想い出の中の“神獣”サマも、消えて失くなります」
「そんな……!」
せっかく和彰と過ごした“陽ノ元”での日々を思いだしたというのに、また失うというのか。
「和彰は……このことを?」
「もちろん、知っておられますよ。だからこそ、私には理解しがたいのですがね。
あなたの記憶が復活し“花嫁”に戻った今、あなたにどちらかを選ばせるなど愚かなこと。
二人そろって“陽ノ元”に帰ればいいものを、わざわざ選択肢を与えるとはね。優しいようで残酷な“神獣”サマだ」
咲耶に背を向けると、一葉は車に寄りかかり天を仰ぐ。
雲ひとつない高い秋空。その澄みきった青さを汚すように、煙が吐き出された。
たまらずに、咲耶は言い返す。