神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《八》奇跡のチカラ

一葉に連れて来られたのは『霜月柊の家』だった。道筋からもしやとは思っていたが、白河家が所有する別宅らしい。

「……お金持ちなんですね」
「“神獣”サマを始めとする、神サマのお戯れのための金庫番。それが、白河家なんですよ」

咲耶の嫌みに、遠回しの嫌みが返ってきた。
薄々気づいていたが『霜月柊』とのデート費用などは、一葉が負担していたとみえる。

昨日は暗くてよく見えなかったが、(やぶ)に囲まれた道はすでに私有地のようだった。
途中のガレージ前で下ろされ、一葉を待っていると、屋敷のほうから砂利を踏む足音が近づいてきた。

「咲耶!」

小走りに駆け寄ってくる青年の姿に、咲耶の胸がしめつけられた。
いろんな感情があふれてしまいそうで、意識的に口角を上げる。

「戻ってたんだ。良かっ」

た、と言い終える前に、咲耶はすでに和彰の腕のなかにいた。そのぬくもりに、不覚にも咲耶は泣きそうになる。

「……和彰……」
「お前の願いを叶えるため、煌との話を早々に切り上げた。もう二度と、お前を離さない」

ゆるめられた腕と共に、のぞきこまれる顔。
咲耶はまばたきをしてごまかしたが、和彰の指先は咲耶の目じりに触れてくる。

「咲耶? どうしたのだ? なぜ悲しむ必要がある?
私はもう、お前と離れたりしない。お前の望むまま、この世界で暮らしていくことだってできる」
「和彰、私は……」

言いかけた咲耶の耳に、車の電子施錠音が入りこむ。ハッとして振り返れば、一葉がこちらへと歩いて来るところだった。

「──失礼。
どうぞごゆっくり……と言いたいところですが、イチャつくのは家の中に入ってからにしていただけますか。
私一人でお二方をお護りするのは、少々荷が重いもので」

足を止めもせずに薄ら笑いで言い残すと、一葉はそのまま屋敷へ向かい歩いて行く。その背中を見送って、和彰がポツリと言った。

「あの者は無駄口が多い上に本心を隠した話し方をする。面倒な男だ」
「……だよね……」
< 403 / 451 >

この作品をシェア

pagetop