神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……ああ、ええと……」
芝居がかった口調からは二葉の本気度は疑わしく、また、対処に困るのが正直なところだ。
そんななか、微妙な空気を取り成すように、かすれた声音があがる。
「あー……わりぃな、咲耶サマ。余計なコト言っちまったな、俺」
二葉チャンもゴメンな、と謝りながら犬朗が二葉の肩を抱き、その身を起き上がらせる。
赤虎毛の犬の隻眼に宿る後悔の念に、咲耶は笑ってみせた。
「気にしないで。犬朗は私のために言ってくれたんだから。
あいまいな理由じゃなくて、ちゃんとした意味があるなら納得もできるし。
──ところで二葉ちゃん。お手洗い、どっちかな?」
ご案内しますと言う二葉に、やんわりと断りを入れ、咲耶は広い屋敷の廊下を歩いていた。
「──突き当たりを右ですよ」
縁側に腰をかけタバコをふかす一葉が、こちらを見ずに素っ気なく言ってきた。
咲耶は、そこで足を止める。……目的地は意外と近かったようだ。
手入れの行き届いた庭木に、甲高くさえずりながら野鳥が止まる。ゆるやかに流れた風が、咲耶と一葉の間を通り抜けていった。
──“神獣”と“眷属”、そして、元はこの世界の普通の住人であった“花嫁”。それらを世話して諭す、ヘビ神に仕える神職。
「……損な役回りですね」
「あなたほどではありませんよ」
即座に返ってきた答えに、咲耶は苦笑いを浮かべる。
「私は……自分で選んだ道なので。むしろ幸運かと」
「……ハ……」
気が抜けたように笑った一葉の次の台詞は、咲耶の予想通りの毒吐きだった。
「本当に、胸くそが悪くなるほど偽善的な方だ」
「……偽善ついでに言わせてもらいますけど。私、和彰に、母と弟に会ってもらおうと思ってます」
ちらりと、一葉が咲耶に視線を寄越す。
「いいんじゃないですか? それであなたの心の安定が保てるなら。
葬儀と同じ。死者を弔うとしながら、主体は見送る側の人間の、けじめですからね」
意味のないことだと、一葉は切り捨てなかった。……ときおり見え隠れする、彼の真意。
芝居がかった口調からは二葉の本気度は疑わしく、また、対処に困るのが正直なところだ。
そんななか、微妙な空気を取り成すように、かすれた声音があがる。
「あー……わりぃな、咲耶サマ。余計なコト言っちまったな、俺」
二葉チャンもゴメンな、と謝りながら犬朗が二葉の肩を抱き、その身を起き上がらせる。
赤虎毛の犬の隻眼に宿る後悔の念に、咲耶は笑ってみせた。
「気にしないで。犬朗は私のために言ってくれたんだから。
あいまいな理由じゃなくて、ちゃんとした意味があるなら納得もできるし。
──ところで二葉ちゃん。お手洗い、どっちかな?」
ご案内しますと言う二葉に、やんわりと断りを入れ、咲耶は広い屋敷の廊下を歩いていた。
「──突き当たりを右ですよ」
縁側に腰をかけタバコをふかす一葉が、こちらを見ずに素っ気なく言ってきた。
咲耶は、そこで足を止める。……目的地は意外と近かったようだ。
手入れの行き届いた庭木に、甲高くさえずりながら野鳥が止まる。ゆるやかに流れた風が、咲耶と一葉の間を通り抜けていった。
──“神獣”と“眷属”、そして、元はこの世界の普通の住人であった“花嫁”。それらを世話して諭す、ヘビ神に仕える神職。
「……損な役回りですね」
「あなたほどではありませんよ」
即座に返ってきた答えに、咲耶は苦笑いを浮かべる。
「私は……自分で選んだ道なので。むしろ幸運かと」
「……ハ……」
気が抜けたように笑った一葉の次の台詞は、咲耶の予想通りの毒吐きだった。
「本当に、胸くそが悪くなるほど偽善的な方だ」
「……偽善ついでに言わせてもらいますけど。私、和彰に、母と弟に会ってもらおうと思ってます」
ちらりと、一葉が咲耶に視線を寄越す。
「いいんじゃないですか? それであなたの心の安定が保てるなら。
葬儀と同じ。死者を弔うとしながら、主体は見送る側の人間の、けじめですからね」
意味のないことだと、一葉は切り捨てなかった。……ときおり見え隠れする、彼の真意。