神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「本当にボロ家で驚いてる?」
「いや。お前はここで暮らしてきたのだなと考えていた」

湯呑みを手渡しながらささやけば、抑揚のない返事が通常通りの音量で発せられた。
玉ねぎを刻む里枝の手が、一瞬、止まる。
内緒話もできない距離に、しかし咲耶は今さら隠しても仕方ないと腹をくくった。

「小学校四年の時、両親が離婚して。だから、この家には、その頃に越してきたの。
……あ、父は三年前に亡くなってるんだけどね」

『小学校』や『離婚』など、こちらの世界では常識である事柄を里枝の手前、説明できずにいたが、和彰は咲耶の話をさえぎることなく、じっと耳を傾けている。

「これでも家電とか、当時に比べれば立派になったんだよ?
……ふふっ、引っ越してきた当日、裸電球の下でカップラーメンすすったよね、お母さん」
「……ああ。あんたが戦時中みたいだねって、見てきたようなこと言ったわよね」
「だって本当に、おばあちゃんの話から想像したのと同じ感じに思えたんだもん」

何もかもが手狭な咲耶の家は、台所も今風の対面型やアイランド型とは違う。
一人が台所に立つと、手伝えるスペースはなかった。

里枝は咲耶たちに背を向けたまま、咲耶は和彰と里枝を交互に見ながら昔話をする。
今よりも長時間働き、女手ひとつで二人の子供を養っていた里枝。
その里枝に代わり、家事を行い弟の面倒をみていた咲耶。
貧乏苦労話は、弟の健が成人し勤めている今となっては笑い話となるが、当時は自分がしっかりしなくてはと気負っていたなと、咲耶はふと過去を懐かしむ。

「咲耶。お前の部屋は何処だ」
「へ? あ、二階。……見たい?」

話の切れ目で唐突に和彰が口をはさんできた。驚きつつ人差し指を上に向ける咲耶に、和彰は黙ってうなずいた。

「あんたの部屋、人に見せられる状態なの?」
「そんなに散らかってないよ! ……たぶん」

からかうような里枝の言葉に反発しつつ、咲耶は家を出た時の状況を思いだす。

(あ、部屋着が脱ぎっぱなしだ)

咲耶は、和彰に数分だけ待ってもらい、二階にある自室に案内した。
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