神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「私の好きな本のなかにね、
『どちらを選んでも後悔するのなら、より責任の重い方を選べ』
って、言葉があるの。
それは、人が人として生きるうえで、必要な尊い志なんだと思う。だから私は、後悔するって解ったうえで“陽ノ元”に戻るわ」

微笑む咲耶を見つめ、和彰は自らの腕にある咲耶の手指を外させる。
その指先に唇を押し当てると、空いた一方の腕で咲耶を抱きしめた。

「咲耶。お前の尊い決断に感謝する」

咲耶は、笑った。

「私が“陽ノ元”を選べたのは、本の受け売りだけじゃない。和彰が、いてくれるからなんだよ?」

自分の身をつつむ“神獣”の優しさがあればこそ。咲耶がこれから先、進む道の(しるべ)となるのだ。

「咲耶。私はもっと、お前のことが知りたい」

思いがけない申し出に、咲耶は驚いて顔を上げた。

和彰の長い指が、咲耶のまなじりに触れ、頬をなで伝う。

「この世界で暮らしたお前が、この世界で大事に思ったものを、できる限り私に教えてくれ。
お前がいつか、この世界を思い、ひとりで泣かなくても済むように」

こつん、と、和彰の額が咲耶の額に押しつけられた。

「お前を慈しみ育んだ故郷を、私も共に思いだせるように。私の心に、刻ませてくれ」

ささやく低い声音の振動は、咲耶の強がりな魂を容易に震わせ、弱さを露呈させる。
あふれる想いをこらえながら、咲耶は大きく息をついた。

「……ありがとう、和彰。じゃあ、まずは、アルバムかな」

そうして咲耶は、二十八年間の想い出の数々を、和彰に話して聞かせたのだった。





「姉ちゃん、入っていい?」

階下で母と弟の話し声がしたあと、階段を昇る音がして声をかけられた。応じた咲耶の部屋に入って来るなり、健がうめく。

「……マジか……! いや」

和彰を凝視したのち、じっと咲耶を暗い眼差しで見つめてくる。
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