神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「ハク様が朝寝なさるなんて、めずらしいですわね」

いつものように咲耶の着替えを手伝いながら、椿が言った。姿見に映る自分を確認しながら、咲耶は苦笑いする。

「あー……多分、私のせいで、あまり眠れなかったのかも……」
「まぁ、姫さまったら! わたしをおからかいになって。ただいま朝餉をお持ちいたしますわね」

うふふ、と、意味ありげに笑って椿が部屋を立ち去る。
どうやら、また変な風に勘ぐられたようだが、いちいち否定するのも馬鹿らしい。
咲耶は、この件に関しては、椿の思いたいようにさせておこうとした。

炊事洗濯、屋敷内外の掃除、それに咲耶とハクコの身の回りの世話と、椿の仕事は終わりがない。
自分のことくらいは自分でやるからと提案してみたのだが、
「わたしのお役目ですから」
と、やわらかい口調ながらも毅然とした拒絶が返ってきてしまった。

椿は見た目のなよやかさに反して相当な頑固者で、しかも責任感が強い少女に思われた。
だから、かえって咲耶は心配になりもしたのだが、水汲みや薪割りなどの重労働は犬貴がしていると聞き、少しだけホッとしたものだった。

(『お役目』かぁ)

咲耶のこの世界での“役割”は、端的にいえば「“下総ノ国”の民へ、治癒と再生を行うこと」が、茜いわくの建前だ。

建前がある以上、当然、裏向きの方針がある。

茜の話によれば、民に恵まれるはずの“花嫁”の“神力”は、“国司”の尊臣始め、一部の権威ある者らが利用するというのが“陽ノ元”全体の実情らしい。

それでは民の不満が募って、反乱が起きたりするのではないかという咲耶の問いに、
「生かさず殺さず、うまくやるのが【良い】“国司”なのよ。まぁ、それでも各国で一揆が起きたりもするけど……。
鎮圧は“国獣”が務めることもあるから、よけいに恨まれたりするわね。
そういう意味では、コクのじい様は気の毒よねぇ」

茜がしみじみというので、うっかり咲耶は聞き逃しかけたが──。
黒虎・闘十郎は、見た目は少年だが、実は茜よりも年長者らしい。

(だから、なんか年寄りくさい感じがしたんだ……)
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