神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「はいはい、あんた見てれば分かるわよ、言われなくったって」

からかうように片手を振ったあと、里枝は半ば目を伏せた。どこか申し訳なさを窺わせる表情。

「お母さんが離婚なんかしたから、あんたが恋愛や結婚に消極的なんだろうって、ずっと思ってたのよ。
だから、霜月さんを連れて来るって聞いた時、少しホッとしたのよ、これでも」

里枝の言葉に、咲耶は自分の恋愛経験値の低さを改めて思い返す。
意識していた訳ではないが、そういう部分があったのは否めないだろう。

(実際、『霜月くん』のほうから連絡が来なくなったら、もういいやってあきらめてたし)

“陽ノ元”に召喚される前、自分が陥ったマイナス思考。
同じ日を繰り返し、初めて咲耶は、自分から積極的に動いた気がする。

(だから……和彰に逢えたのかな……?)

考えすぎかもしれないが、咲耶が『霜月』に連絡を取ろうと思わなければ、文字通り同じ日を繰り返した可能性もあるのだ。

「また、霜月さん連れて来なさい。今度は霜月さんの好物、用意するから」

ポン、と。笑って咲耶の肩を叩く里枝に、何も言えなくなる。
息がつまって、泣きそうな自分に気づいた。
同時に、夕べの別れ際の犬貴と犬朗の態度の意味が、パズルのピースのようにかちりとはまる。

(ああ、そっか……)

犬貴は、もう二度と“主”である咲耶と逢えない可能性を考え、約束の言葉につまった。
犬朗は、あの瞬間の咲耶の気持ちを優先し、笑ってみせたのだ。

(どちらを選んでも、後悔はする──)

けれども、この選択であれば、咲耶の記憶から大切な者たちの存在を消すことはない。
咲耶は、深呼吸をした。

「……お母さん、私を産んでくれて、ありがとう」

別れを告げることができないのなら、せめて感謝の気持ちだけ──。

「ちょっと……何? いきなり、どうしちゃったのよ、あんた!」

とまどいながらも、笑って背中を抱きしめ返してくれる母親のぬくもりに、娘は鼻をすすりながら、笑って応えた。

「だって今日……私、誕生日だもん……!」

腕を伸ばして抱きしめた存在があればこそ、自分はいま、ここにいるのだから。



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