神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(…………えっと。……ど、どうしようかな……)

まさかの展開に、咲耶は不必要に視線をさ迷わせた。

──綾乃を再生すれば、愁月をも救えるのではないかと。
浅はかな咲耶のもくろみは、彼女の気性を考慮しなかったことにより、成立しなくなる。
と、いうより──。

「……なにゆえ(わらわ)のもとへ、一度も来なかったのじゃ?」

薄紅色の頬を傾けたまま、可憐な美少女が問う眼差しの先。そこには、先ほどまでの姿が嘘のように、生気を取り戻した愁月がいた。

「そなたの“神の器”と──そなたが遺した生命(たから)を護るのが、私の使命だと思ったからだ」
「……だが、使命とやらは、もう終わったのであろう?」
「ああ。終わった」

微笑みながら告げる愁月のひとことは、深く染み入るように咲耶の胸にも響いた。

愁月の指先が綾乃の頬に触れる。
手の甲から腕には、黒い縞模様が未だあったが、壊死(えし)を思わす肌のどす黒さは消えていた。

(綾乃さんに愁月を説得してもらおうと思ってたけど)

無用な画策だった。綾乃は白い“神獣”──治癒と再生を司どる神なのだから。

(良かった……)

見ているこちらが恥ずかしくなるような(むつ)まじさだが、咲耶はそんなふたりの姿に目を細めた。

「──時に、嫁御。名はなんと申したかの?」

愁月にべったりと寄りかかったまま、可憐な美少女の黒目がちな瞳が咲耶を一瞥する。

(はっ。そうだ! この人って、和彰の『お母さん』なんだよね?)

自分よりも十は年下に見えるが、血縁上は咲耶にとっては『姑』になるはず。あくまで人間社会の観念に置き換えれば、だが。

「さっ……、咲耶と、申しま、すっ」

滑稽なほどに、自分の声が裏返ったのが解る。勢いのまま、平伏した。
……先ほどまでのほんわかとした雰囲気は、いったいどこへ行ったのだろう?

(こわい! 綾乃さん、見た目に反して、なんかこわいよっ)

張りつめた緊張感のなか、高く澄んだ声音が咲耶の耳に届く。

「咲耶。そなた、いつぞやと同じに、気が利かぬおなごよのう」
「は? ……あっ」
()ね」
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