神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
顔を上げた咲耶に、冷たく刺さる視線と言葉。
その鋭さに震えあがりながら、座したまま後ずさる咲耶の目の端で、愁月が苦笑いするのが分かった。

「し、失礼します!」
「愚息にも、しばらくは来ずともよいと伝えよ。
ああ、そうじゃ、待て。クロは息災かえ?」
「……えっと、犬貴でしたら元気で、私たちの“眷属”でいてくれてます」
「それは何より。のちほど妾が会いにゆくと伝えよ」

にっこりと笑む様は、傲慢(ごうまん)な物言いとは程遠く、可愛いらしい。

一瞬、(ほう)けた咲耶だが、白く繊細な指先が立ち去れと示す動作に、今度こそ、その場から逃げ出したのであった。





(私……何しに来たんだろ……)

久しぶりに遠い目をしながら、咲耶は愁月の邸をあとにした。
一応、目的は果たしたのだから、よしとしなければなるまい。

「咲耶」

桜並木の始まりの道で待っていた和彰が、自分の名を呼びかけてきた。それだけで、咲耶の微妙な心地は晴れていく。

満開の桜を背に光をまといたたずむ様は、淡い景色と相まって、咲耶に印象派の絵画を思わせた。

(ああ、なんか……優しい空気が溶けてるのが『見える』みたい)

近づくのが惜しいような、それでいて駆け寄りたいような。複雑な心境をかかえ、咲耶は和彰のもとへと歩いて行く。

「……ごめんね。お待たせ」
「用は済んだのか?」
「うん。……和彰も、綾乃さんに会いたかった?」
「いや」

綾乃の言葉をそのまま伝える気にはならず、先に和彰の気持ちを尋ねてみた。
事もなげに答える態度からは、なんの感慨も見受けられない。

「愁月……さんにも?」
「会う必要があれば会うが。師が何か言っていたのか?」

いぶかしげに見返され、咲耶は自分の気の回しすぎなのだろうと結論づける。

(和彰にとっては、あの二人が『両親』っていう感覚がないのかも)

少なくとも、咲耶の捉え方と和彰の捉え方では違うのかもしれない。それが、育った環境の違いともいえる。

(まぁ、これからいろいろ変化もあるだろうしね)
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