神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
必然、百合子も外見よりもはるかに歳を重ねているそうで「あの人、大正生まれらしいよ~」というのが、美穂からの情報だった。
ついでにいえば美穂は昭和生まれで、携帯電話自体は知っているが、使ったことはないそうだ。

(でも私は“役割”以前に、そもそも“神力”が使えないしね)

咲耶にも“花嫁”としての“役割”はある。だが、絶対条件として『仮契約』状態の現状をどうにかしない限り、何も始まらないのだ。

(毎日、夢のなかでは言えてるんだけどなぁ)

ハクコの真の名を。現実には、一字たりとも本人に伝えられてはいないが。

口にすることも、文字にすることもできない。
美穂によればこの状態は【ハクコに口にださずに伝えられるまで】続くということだった。

「愁月に変な術かけられたんだよ。ほら、儀式の時に、きつね目のオッサンがいたでしょ?」

どうやら、“契りの儀”に居合わせた中年の男が、咲耶に変な術をかけたらしい。

茜に言わせると、
「一応、愁月の親切な“呪”なのよねぇ。強制的に言わせない書かせない状態にして“花嫁”の命を護ってんの。昔は、ウッカリ口にしたら最後、“仮の花嫁”には死に値する禁忌だったらしいから」
ということで、咲耶は受け入れざるを得ない。

(早く、教えてあげたいな……)

急く必要はないとの言葉通り【朝の日課】以外は、特に咲耶に何も言わない、青年の姿をした幼い白い虎に──。





朝食を終え茶をすする咲耶の耳に、すっとんきょうな叫び声が入ってきた。

「ごめんくだサイ! ごめんくだサイ! ……アラ、この家、誰もいないのカシラ。戸も開けっ放しで、無用心だワネ」

所々おかしな発音のうえ、心の声がだだ洩れである。
咲耶は、膳を下げかけていた椿と顔を見合せた。

「……ちょっと、見て参ります」

そそくさと椿は立ち上がり、玄関のほうへ向かったが、ややしてまたあの甲高い声だけが聞こえてきた。

「なァに、あなた、アタクシを知らないってノ?
アタクシは、コク様の“眷属”のイチ、(きじ)の草と書いて『ちぐさ』。ちゃんと覚えておきなサイな?
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