神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「あはは……。あれ、闘十郎さん、は……っと」

あきれたように咲耶を見返す美女の、右隣にいたはずの少年が、いつの間にやら“眷属”の輪に加わっている。

「放っておけ。端で観ているより一緒に楽しむのが好きな男なのだ」
「ああ、なるほど。
それにしても……茜さん達、遅いですね」

咲耶の左側には、茜と美穂の席が用意してあった。
そのうち来るだろうと始めたはいいが、さすがに何かあったのかと心配にもなってくる。

「お前は、美穂が先日まで屋敷から出られなかった事情を、知らなかったのだな?」
「はい……犬朗から聞いて、びっくりしました」
「詳しいことは?」
「いえ。でも、変だなと思ってたので、そういう意味では納得したというか……」

最初におかしいと思ったのは、咲耶がひと月ほどの眠りについた時だ。

美穂が咲耶の身を案じ【百合子に様子を見てきて欲しいと頼んだ】と聞き、違和感を覚えた。なぜ、美穂自身が来ないのかと。

「美穂さんの快活な印象からして出不精って感じじゃなかったし……それで、何か事情があるのかもって考えてました」

“神獣の里”の(おさ)であるヘビ神──香火彦(かがひこ)から、この二十数年間、「屋敷から出てはならぬ」という“禁忌”を課せられていた赤い“花嫁”。
それが、当のヘビ神の“毛脱(けぬ)け”により、恩赦という形で解禁されたらしい。

「香火彦がやったことで自分にゃカンケーねぇって、煌の奴が言ったんだと。
……っとに、身勝手な言い分で振り回されるよなあ、この国の“花嫁”サマ方はよぉ」

美穂のことだけでなく、咲耶のことまでもを嘆きながら犬朗がそう話してくれた。
だが肝心の、そもそもなぜ美穂が、そんな“禁忌”を背負うはめになったのかは、犬朗も聞いていないようだった。

手にした盃を(あお)ったのち、百合子が深く息をつく。

「……美穂が己の“神力”を、軽んじた行いを為したから、だそうだ」

咲耶は記憶の片隅にあった、美穂の『過ち』として虎次郎(こじろう)から聞かされた話を思いだす。

──あの女は、“神力”を手に入れた当初、誰かれ構わず子を授けまくったらしい。
飢饉(ききん)の年と相まって、多くの『口減らし』や『間引き』を【生んだ】そうだ──。
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