神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「当時の美穂の心境は解らぬが……少なくとも私が知る限り、この二十数年間は自身が犯した罪の代償として“禁忌”を受け入れていたようだ」
「そうですか……」

美穂の“神力”も百合子の“神力”も。そして、咲耶が手にしている“神力”も。
元を正せば、この“下総ノ国”の“神獣(かみ)”の力だ。自分たちは、それを代行する者でしかない。

咲耶は和彰という“神獣”の依代(よりしろ)になった経験上、自分が代行している力が彼らのもつ本来の力の一部にしか過ぎないことを、知っている。

(私が願えば、和彰は和彰自身のもつすべての力で、応えてしまう)

“下総ノ国”中に、癒やしの風を吹かせたように。
咲耶は改めて、自分の心を律することの重要さを理解した。

「ところで」

くい、と、盃を空けた百合子が咲耶の背後を見やる。

「己の男を心配してやれ。さっきから視線が痛くてたまらぬ」

からかうような口調は、咲耶の神妙な想いを察してのことだろう。
咲耶は、百合子に気を遣わせてしまったことに申し訳なく思いつつ、うなずく。

「……はい。じゃあちょっとだけ、失礼しますね」

百合子に酌をしてから、咲耶は左隣の膳を二つ挟んだ先にいる和彰に近寄った。

「……ゴメンね、ひとりにして」
「私の元に来ていていいのか」
「うん。百合子さんが気を遣ってくれたみたい。……さびしかった?」
「寂しい……?」

不可解そうに柳眉がひそめられた時、椿に声をかけられた。

「姫さま。セキ様とその“対の方”様がお見えになりました」
「本当? 良かった……。ふたりが何事もなく、無事に来られたのなら」
「いえ、何事も……とは、少し違うような気も……いたしますが……」

椿が言葉をにごす様に、咲耶は一瞬、良からぬ心配をしかけたが、しっかり者の少女が笑いをこらえているのが解り、ホッとする。
直後、美穂のものと思われる怒鳴り声が、こちらに近づいてきた。

「ちょっと! もういいっての! いい加減に下ろせバカッ!」

振り返った咲耶の目に入ったのは、緋色の振袖姿の少女を横抱きにした、あでやかな美貌の青年。
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