神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
視線が釘付けになったままの咲耶に目を向け、闘十郎が笑った。

「すまんが、水をもらえるかの」
「あ、はい! すぐに……」
と、言いかけたところで、いつの間にか闘十郎たちの側にいた椿が、水が入っているだろう(わん)を差し出す。

「百合、水だ」
「んんー……とぉ~じゅ~ろぉがぁ、ユリにぃ飲ませてくらはい」

クチれ。と、黒髪の美女のしなやかな指先が、老齢な心の少年の唇に、触れる。

咲耶の側で少女と女モドキの青年が、
「口移しだって!」
「いや~ん、ユリさんってば大・胆」
と、冷やかしの歓声をあげた。

「百合、わしを困らせるでない」
(でっ、ですよね~!)

胸の内で大きくうなずいて、咲耶は苦笑いの闘十郎に同意した──が。

「キャーッ!」
(ぎゃーっ)

可愛いらしい少女の声とつややかな青年の声が、咲耶の内心の絶叫と重なった。

白いのどがコクンと(えん)下する様を、咲耶はあ然と見ていた。

自らの“花嫁”の唇をふさいだ黒い“神獣”の“化身”が、おもむろに伏せた顔を上げる。


「皆の衆、騒がせたの。わしらはこれで(いとま)申そう」

言って、腕のなかで半分眠ってしまっているような百合子を背負い、闘十郎が一同を見渡した。
そのまま玄関へ向かう彼らを、我に返った咲耶は、あわてて追いかける。

「大したお持て成しもできずに、すみません!」
「なに、楽しい夜じゃった。百合のこの姿が、良い証拠よ」

ちら、と、闘十郎の目が、自らの背を覆う正体を無くした美女を見やる。
「とぉじゅうろぉ、好きぃ」という寝言が、その唇からもれ聞こえた。

いつくしむような微笑みを浮かべたのち、闘十郎が静かに告げる。

「……百合のぼた餅は美味じゃぞ。近いうちに、わしの屋敷に参れ。馳走する」
「はい、ぜひ。和彰と伺います」

元気良く返す咲耶に、人懐っこい少年の笑みがなお深まった。

       *

「──妾のもとへ来る気はないかえ?」
「おそれながら、それはどういう……」
「“眷属”として召し抱える、という意味じゃ」

闘十郎たちを見送り、台所へ立ち寄ろうとした咲耶の耳に、そんな会話が入ってきた。
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