神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
*
「ありがと、和彰。助かったよ」
もう一方の“主”の出現に氷ついてしまった犬の“眷属”らを残し、前を行く和彰に声をかける。
ピタリと、その背が止まった。
歩幅の違いで足早に廊下を進んでいた咲耶は、和彰にぶつかりそうになる。
「わっ……なに、忘れ物でもした?」
「──寂しい」
「えっ? いきなり、なんの話?」
ぽつりと漏らされた言に、咲耶はあっけにとられ、和彰の背中に問いかける。
おもむろに振り返った和彰の顔にも困惑が浮かんでいた。
「お前が私に訊いたのだろう? 寂しかったか、と」
「ああ、えっと……茜さんたちが来る前の話だよね?」
咲耶にしてみれば軽口の延長で、特に深い意味はなかった。
和彰自身も、咲耶のつまらない冗談だと受け流しているように思えたのだが。
「ひょっとして……本当に、さびしかったりした……?」
探るように、青みを帯びた黒い双眸をのぞきこむ。和彰の表情が、いっそう困惑するのが見てとれた。
「……よく、解らない……」
和彰は咲耶のなかに答えがあるかのように、じっと咲耶を見つめてきた。
「お前が嬉しいと私も嬉しいはずだ。お前の喜びが私の喜びにつながる。お前の微笑みは」
言いながら、和彰の片手が咲耶の頬に伸びてくる。確かめるように触れた指先からも伝わる、とまどい。
「私を満たすものだと思っていた。お前が私の近くにいて笑っているのなら、私は『寂しい』などと思わないはずだ。
だが」
するりと、和彰の片手が咲耶の頬を伝い落ちた。咲耶を映した瞳が、揺れる。
「お前が楽しそうにセキと語らう姿も、犬貴や犬朗に囲まれて笑っている姿も、私を満たすものではなかった。
私の胸の内にある空虚なものを広げていっただけなのだ」
咲耶の頬に触れていた和彰の片手が、自らの胸もとで握られる。
「お前の喜びを喜べない私は、理に反する。咲耶、私はどうしたらいい?」
(……うわ、久々に面倒くさいほど理屈っぽい)
大真面目に語られた内容は、要するに嫉妬の類いと思われる。
が、それを解消する手段は本人次第であろうに、咲耶自身に求めてくるとは。