神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「ホントごめんっ! なんかさ、こういうのって初めてで、つい悪ノリした!」

いつの間にか水から酒にすり替えられていた盃に、抗議の眼差しを向けれると、思いきり必死に謝られた。
両手を合わせ拝む様が可愛らしく、咲耶はそれで怒る気力を失せてしまう。
同時に、少しなら良いかという心地にもなり、手にした盃を美穂に差しだした。

「ちょっとだけなら……」

──そうして、「ちょっとだけ」と付き合った咲耶だが、そのわずかなのちに、すとんと意識を失っていた。


       *


あたたかく、やわらかな肢体の持ち主が、自分に半身を預け眠っている。

「……咲耶、冗談抜きで弱すぎじゃん」
「主役がこれじゃ、仕方ないわねぇ。もうお開きにする?」
「──恐れながら、セキ様。今宵はお泊まりになられますか? よろしければ客間にご案内いたします」
「じゃあ、お願いするわ」

椿の申し出に、赤い“神獣”とその“花嫁”が宴の席を去って行く。

「ハク様、我らも失礼いたします」

黒虎毛の犬を始め、己の“眷属”も場を去った。
残されたのは、自分と、寝息を立てて眠る己の“花嫁”だけ。

「咲耶」
「……んん……」

呼びかけても、返事にすらならない吐息が小さな唇から漏れ聞こえてくるのみ。

「咲耶、起きろ」
「……ん……や……」

少し強めに呼びかけると、寄せられた頬が胸に押しつけられ、前みごろを軽くつかんだ小さな手が拳をにぎる。
そのしぐさに、女口調で話す男との会話が、ふいに思い起こされた。

「かわいい、とは何だ」
「は? もう、アンタってば成長したと思えば全然ダメダメねぇ。
可愛いっていうのはねえ、こう、無条件にぎゅうって抱きしめたくなる衝動のことよぉ!」

そして、赤い“神獣”のいうことには、『可愛い』は幾度となく口にしても良い言葉だと教わった。ただし、特定の相手に限るとも。

(そのような衝動に駆られるのは唯一人)

他に、いるはずもなかった。

「咲耶、お前だけだ」
「ん……ずぁき……」

もごもごとしたつぶやきが返ってくる。自然と伸びた指先が、その唇に触れ、赤らんだ頬に触れる。

「可愛い」

思わず口をついた言葉は、誰に聞かせるためでもなく、己の心情を吐露したもの。
だからこそ、自分にとって意味のあるものであった。
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