神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……咲耶。私は『可愛い』を覚えた」

またひとつ。自分の内側に、新たな彩りが加わった──。


       *


ひんやりとした感触が、唇を、次いで頬を伝っていく。酔いが全身に回って熱くなった身体には、その感触は心地よかった。

「──ん……お水……」

のどの渇きが、浅い眠りから咲耶を目覚めさせる。

「水ならある。飲むか?」

夢うつつで聞いた声の持ち主の問いに、咲耶はあわてて身を起こした──つもりだった。

「……ごめん、和彰」

軽いめまいに襲われ、咲耶の身はふたたび元の位置へと戻った。

「楽な姿勢でいろ」
「……うん。……ありがと」

そろそろと身を動かしながら水を求める咲耶の手の甲をつつむように、和彰が椀を手渡してくる。
その腕に寄りかかり、咲耶は椀に口をつけ水を飲み干した。

(……口移し、とか)

手にした椀に目を落としていると、百合子と闘十郎のことが脳裏をよぎる。

(百合子さん、すごいよなぁ)

酔っていても、咲耶にはやはり真似ができない。

(……まぁ、頼めば普通にやってくれそうだけど)

思わず上目遣いで和彰を見てしまう。視線の先にいるのは、いつもよりやわらかな表情をした白い“神獣”の“化身”。

「どうした? 咲耶」
「えっと……お水……じゃなくて、あの、口……」
「口?」

言葉が続かない咲耶に首を傾げた、直後。分かった、と、うなずき近づいてきた唇に、ふさがれる自らの唇。

(ああ、キスをねだってることになってる~。私の意気地なし~ッ)

と、内心で自分にダメ出ししながらも、結果、欲望に忠実に咲耶は和彰の唇に応えてしまう。

「……かず、あき……」

くちづけの合間に吐息まじりに呼びかけたとたん、和彰が咲耶から顔を離した。

「咲耶、部屋に戻ろう」
「……え?」
「お前の『可愛い』姿を見るのは私だけでいい」

驚く咲耶にきっぱりと告げ、和彰は咲耶の身を軽々と抱き上げた。
咲耶は、和彰の腕にしがみつきながら、あわてて辺りを見回すが、なんの気配も窺えない。

「……誰も見てないと思うけど?」

ホッと胸をなで下ろす咲耶とは対照的に、不愉快そうに柳眉がひそめられた。部屋に足早に向かいながら、和彰が短く応える。

「月が見ている」

その返答に噴きだしつつも、咲耶は美しき白い“神獣”の独占欲に、自分の身を委ねるのであった。





        ─── 終 ───



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