神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
お前は、あの者を賢いと言ったな? 私からすれば、賢さよりも情で動く性質に見えたが。
理性よりも感情が優先される【賢い】“眷属”は、付き合いも浅く“花嫁”としても不完全なお前を、選ぶかな?」
百合子の問いかけは、容赦ない。答えの出ている問答に、意味はなかった。咲耶の……いや、ハクコの【甘さ】を指摘しているのだ。
「解ったか? お前はこのまま『こちら』に居ても、意味がないどころか、無駄に命を落とす危険性をはらんでいるのだ。
親御が健在なら『あちら』に戻って、その庇護のもとにあるべきだ。
お前が帰ると決めたなら、私と闘十郎が責任をもって──」
「帰れません!」
百合子の言葉をさえぎって、叫ぶように咲耶は言った。
のどはまだ痛く、胸のつかえが下りたわけではない。百合子の語る事実も、いまの咲耶には、変えようがないけれども──。
「私は……帰れません。まだハクに、名前を教えてあげられてない」
いらだったように、百合子はしゃがみこみ、咲耶をのぞきこんだ。肩に、手が置かれる。
「だから帰れると言っているのだ。お前が『こちら』に喚ばれたのは、不幸なこと。
“契りの儀”を前に逃亡していれば、殺されていただろうし、逃げずにいても、ハクコに“痕”を付けられる際、死んでいたかもしれぬのだ。そういう……理不尽な世界にいるのだぞ?」
咲耶の肩をゆさぶる百合子の必死の形相に、ようやく咲耶は、自分が百合子に嫌われていたのではなく、心配されていたのだと気づいた。
──咲耶よりも、ずっとずっと前に、この地に降りた“花嫁”。その、経験と知識からなる憂慮でもって。
百合子の真意に、咲耶は胸をうたれながらも、自分の想いを貫くために口を開く。
「でも、百合子さん……私は生きていて、あの人の名前を知っているんです」
咲耶の言葉に、百合子は信じられないといわんばかりに、首を左右に振った。
「それは、つまらない責任感がなせる自己欺瞞だ。名前を知っている? それが、なんだ。
先ほども言ったが、これからお前に災厄が降り掛かっても、助けてもらえぬような事態に陥るかもしれぬのだぞ。それと引き換えにする価値が、あやつの名前にあるというのか?
理性よりも感情が優先される【賢い】“眷属”は、付き合いも浅く“花嫁”としても不完全なお前を、選ぶかな?」
百合子の問いかけは、容赦ない。答えの出ている問答に、意味はなかった。咲耶の……いや、ハクコの【甘さ】を指摘しているのだ。
「解ったか? お前はこのまま『こちら』に居ても、意味がないどころか、無駄に命を落とす危険性をはらんでいるのだ。
親御が健在なら『あちら』に戻って、その庇護のもとにあるべきだ。
お前が帰ると決めたなら、私と闘十郎が責任をもって──」
「帰れません!」
百合子の言葉をさえぎって、叫ぶように咲耶は言った。
のどはまだ痛く、胸のつかえが下りたわけではない。百合子の語る事実も、いまの咲耶には、変えようがないけれども──。
「私は……帰れません。まだハクに、名前を教えてあげられてない」
いらだったように、百合子はしゃがみこみ、咲耶をのぞきこんだ。肩に、手が置かれる。
「だから帰れると言っているのだ。お前が『こちら』に喚ばれたのは、不幸なこと。
“契りの儀”を前に逃亡していれば、殺されていただろうし、逃げずにいても、ハクコに“痕”を付けられる際、死んでいたかもしれぬのだ。そういう……理不尽な世界にいるのだぞ?」
咲耶の肩をゆさぶる百合子の必死の形相に、ようやく咲耶は、自分が百合子に嫌われていたのではなく、心配されていたのだと気づいた。
──咲耶よりも、ずっとずっと前に、この地に降りた“花嫁”。その、経験と知識からなる憂慮でもって。
百合子の真意に、咲耶は胸をうたれながらも、自分の想いを貫くために口を開く。
「でも、百合子さん……私は生きていて、あの人の名前を知っているんです」
咲耶の言葉に、百合子は信じられないといわんばかりに、首を左右に振った。
「それは、つまらない責任感がなせる自己欺瞞だ。名前を知っている? それが、なんだ。
先ほども言ったが、これからお前に災厄が降り掛かっても、助けてもらえぬような事態に陥るかもしれぬのだぞ。それと引き換えにする価値が、あやつの名前にあるというのか?