神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
“花嫁”、“主”、『神の獣の伴侶』。
代名詞で呼ばれるわりに、咲耶という【個】が際立つような気がした。その実が、伴っていないにしろ。
だが、実が伴わないからこそ名に恥じないようにしたいと思うのは、人として当然の心意気ではないかと、咲耶は考える。

「──咲耶」

呼びかけに、ハッとして身を起こした。ハクコだ。
あわてて部屋を出ると、白い水干に黒の筒袴姿のままハクコが立っていた。この時間まで常用服でいるとは、めずらしいことだった。

「ハク、どうしたの? いままでどこに──」
「お前に渡したいものがある。こちらへ」

咲耶の疑問などお構い無しに、ハクコは咲耶の手を引き中庭のほうへと廊下を歩く。

(渡したいもの……って。プレゼントってこと?)

一瞬、『こちら』でしか見られないめずらしい花や、特別にしか手に入らない高価な品物を連想した、乙女的思考の咲耶の脳内だったが。

(えっと……何? っていうか、誰? いや、何者!? が、正しいのかな?)

かしこまって座る獣耳──おそらくイヌ科だ──の少年と、だらんとした姿勢をあわてて正すキジトラ白の猫が、中庭に並んでいた。

「ああああのっ。ボク、今日からお世話になります、えっと、あの、タヌキの半妖で……その、ええと……──ぎゃっ」
「ああっ、じれったい! あたいから先に自己紹介するよ?
見ての通り、あたいは猫。特技は飛び蹴り。好物はカツオ節。で、タヌキの坊主は何が得意なの?」

おどおどと話すタヌキ耳の少年に、飛び蹴りをくらわせた人語を操る猫から、咲耶はハクコに視線を転じた。
事もなげに、ハクコが応える。

「お前のための“眷属”だ。受け取れ」
(……実用的なプレゼントだわ)

あっけにとられたのは一瞬で、咲耶はすぐに噴きだした。ハクコらしさに苦笑いしつつも、素直に嬉しいと、思う。

(なんか、犬貴に比べたら、頼りないカンジの“眷属”だけど)

ハクコが咲耶のために連れてきたということに意味がある。……その気持ちが、嬉しい。
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