神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「ちなみに、それは命令も?」
「そうだ」

ハクコからの肯定を受けて、咲耶は筆をすべらせた。
【人】に名をつけたことはないがこういった場合、直感的に決めたほうがいいだろうと、そのままを書く。

タヌキ耳の少年は、『たぬ(きち)』。
キジトラ白の猫は、『転々(てんてん)』。
赤虎毛の甲斐犬は、『犬朗(けんろう)』。

ハクコは咲耶から短冊を受け取ると、各々の名を呼び吹いて飛ばす。すると短冊は、それぞれの者の額にまで届いたとたん、吸い込まれるようにして消えてしまった。

不思議な光景に驚かなかったのはハクコと犬貴だけで、他の者は皆、息をのんだり自らの額を押さえたりと、落ち着きがなかった。
やがてその興奮が鎮まり、咲耶は庭に集った“眷属”たちを見回す。

「ええと、じゃあ、改めて。私は、松元咲耶。ハクと、あなた達の“主”です。さっき、ハクが言ったこと、少しだけ訂正させてね」

咲耶の言葉に、ハクコが反応する。それに気づかないふりをして、咲耶は先を続けた。

「ハクは、あなた達に何をさしおいても私を護れって、言っていたけど……正直、私は、そこまであなた達には望めない。
申し訳ないけど私には、今はそれほどの力もないし、気概もないから。あなた達の生命に、責任がもてない」

言って、咲耶は息をつく。自分の【小ささ】に、情けなくて涙がでそうだ。

「でも、これから先、あなた達に護ってもらえる価値のある存在には、なりたいと思ってる。だから」

顔を上げる。今はまだ、頼りなくて“神力(ちから)”も何もない存在だけど。

「あなた達のできる範囲で、私に力を貸して欲しい。
そして、これから先の私を見て、あなた達が「何をさしおいても護り抜く価値がある」と思えた時は、そうしてくれると嬉しい」

もう一度、咲耶は、自分を見つめる“眷属”たちを見回した。

「今日から、よろしくね」

微笑む咲耶に、すべての“眷属”が(こうべ)を垂れる。“主命”を受け入れるという、証として。




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