神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶の疑問に、ハクコは一瞬だけ言うのをためらったようだが、すぐに口を開いた。

「お前が獣の姿である私のほうを、好ましく思っているようだったからだ」

意外な返答に、咲耶は目をしばたたく。

「へ? 私、そんなふうに見えた?」

咲耶の反応に、ハクコはこくりとうなずいた。

「“化身”をとき元の姿に戻った私を初めて見た時、お前の顔には喜色が窺えた。
それを師に話したところ、ならば共寝の際は、獣の姿になるといいと言われた。
案の定、お前は私に寄り添い、そして、私を撫でてくれた」

言って、ハクコはわずかに目を伏せた。それは、かろうじて分かるような微笑みだった。

「だから今まで共寝はお前の好む姿でいようと思ったのだ。だが、先ほどのお前は」

ハクコの指先が、自らの唇に触れる。

「人の姿の私に、口吸いをした。それは、この姿の私のことも、好ましいと思っているからではないのか?」

(──……っ……ぎゃーっ!!)

瞬時に咲耶の頬が朱に染まる。残念ながら、ハクコの言葉の後半部分を、咲耶は耳に入れていなかった。
自分がしたこととはいえ、改めて言われると、なんと恥ずかしいことをしてしまったのか。
否、それもそうだが、ハクコの表現が率直過ぎて、咲耶の心が受け止めきれなかったのだ。

(口吸いって……そうなんだけどそうなんだけどっ。違ってないんだけど、なんか、妙に生々しい表現だわっ)

布団を被って現実逃避をしたくなったが、
「咲耶? どうしたのだ?」
と、気遣わしげにハクコに見られてしまい、咲耶はなけなしの【大人の威厳】を保つために、布団は握りしめるだけにとどめた。

(えっと……なんの話をしてたんだっけ?)

意表をつくハクコの言葉に、思考回路が混乱してしまったが。
なぜわざわざ白い虎になって咲耶の布団に入ってくるのか、その理由を知りたかったはずだ。
ハクコは、咲耶が人姿の自分よりも獣姿の自分のほうを気に入っていると思ったから、そうしていたという。

(……まぁ確かに、最初の頃は、人間よりも小トラのほうが可愛いと思ったけどさ)
< 61 / 451 >

この作品をシェア

pagetop