神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
燈台が照らす薄明かりの部屋のなか、犬朗の隻眼が面白そうに細められた。

「ちなみに、咲耶サマ? あんただって、ハクの旦那から生命力を分けてもらってるんだぜ? 気づいてないようだけど」
「えっ? 嘘っ!? そうなの?」
「……あー、やっぱ、黒いの──犬貴のヤツもハクの旦那も、肝心なコトは、なーんも話してないんだな。
……ん、分かった。折りに触れて俺が、イロイロ教えてやるよ、咲耶サマ?」

前足を、おいでおいでをするように動かして、犬朗が言う。
……犬朗の「咲耶サマ」は、どう聞いても仕方なしの様づけで、犬貴のごり押しなのが丸分かりだ。

その犬貴は、今晩はハクコの御供でいなかった。

咲耶が初めに感じたように、確かに犬貴は咲耶に対し、情報規制をしている気がする。
それは、犬貴なりに、咲耶のためを思ってのことなのだろうが──。

ふいに咲耶は、この場にいない冷たい美貌の青年を思い浮かべた。
椿から告げられた行き先を思い、口にする。

「“神現(かみあらわ)しの(うたげ)”って、結局、ドンチャン騒ぎみたいなもん?」

夕食を終え膳を片付けてもらった咲耶は、ハクコの不在理由を改めて椿に訊いてみた。

「どんちゃん……?」
「あー、えっと、()めや歌えの大騒ぎ……的な?」

言いながら咲耶は、自分の日本語が不自由なことを実感する。
しかし、お役目大事の“花子”の少女には、それでなんとか通じたらしい。
軽く首を横に振って、咲耶の問いに応じてくれた。

「いいえ。にぎやかな宴というよりは、神聖な……儀式に近い催しではないかと思われますわ。
ただ……“花子”見習いの時に教えていただかなかったことなので、おそらく当代の“国司”尊臣様が初めて行われることかと」
「そうなんだ……」

結局、どんな趣旨の『宴』なのかは、この場にいる者らには解らないようだ。
残念な気分が顔に出てしまったのだろう。犬朗が、ひょいと身を起こし、表玄関のほうをあごでしゃくった。

「なんなら、その『宴』とやらの場所まで、俺が連れて行ってやろうか?
咲耶サマだって、ハクの旦那の“(つい)(かた)”っつう立場なんだから、別に参加しちゃなんねぇ決まりもねーだろ?」
< 67 / 451 >

この作品をシェア

pagetop