神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「ですが、もう夜も更けておりますし……」

椿が困惑したように眉を寄せる。
咲耶のいた世界とは違い、こちらの夜は暗い。夜間の女性の外出は、極力控えるのが常識だと聞いている。椿が渋るのも、無理はなかった。

「あー、椿チャンも、犬貴並みに頭かてぇな。俺が護衛でついて行くし【灯り】はテンテンで充分だろ」



そうして、咲耶は初めて夜からの外出に至った。
空を見上げれば月が浮かんではいるが、時折、雲に隠され闇につつまれる。吹く風は、わずかに冷たい。
こちらの季節は、秋になるのだろうか。
草木に囲まれ本来なら足もとがおぼつかないような夜道だが、いまの咲耶には、はっきりと辺りが認識できていた。

「なんか、暗視ゴーグルのぞいてるみたい……」

ぽつりとつぶやくと、視界のなかで、なんとなく赤毛と判る犬が咲耶を振り返ってきた。

「あんしごうぐる?」
「ああ、ええっと……暗闇でも、周囲の様子がよく分かるなぁって」

言い換える咲耶に、赤虎毛の犬が得意げにうなずく。

「そーだろ、そーだろ。
せっかく咲耶サマには、便利な“眷属(おれ)”たちがついてんだから、使わない手はねぇよな」
「でも……転々? 聞こえてる?
──転々からの反応がないから変な感じ。犬貴のときは、話しかけると反応があったのに」

咲耶の【眼】が夜目にも利くようになったのは、いま現在、咲耶の“影”に転々が入っているからだ。
以前に犬貴が咲耶の“影”に入ったときよりは、弱い干渉のようだと、咲耶は思った。

「単純に、テンテンは犬貴より【力】がないからな。
咲耶サマがどう思ってるかは知んねぇけど、あいつ、わりとデキる奴なんだぜ?」

犬朗の言葉に、咲耶は疑いもなく同意する。しぐさや振る舞いから、咲耶は犬貴に対し、漠然とした信頼を寄せていたからだ。
犬朗の説明によれば“影”という“眷属”の能力は、簡単にいえば“主”に憑依することらしいのだが、“眷属”によってばらつきのある能力のようだ。
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