神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
ふう、と、息をついて、犬朗は先を続けた。
「俺の信条は、『君子危うきに近寄らず』だぜ? 危ねぇ橋は、極力渡らずに済ますのさ。
けどよ、黒いの──犬貴は冷静そうに見えて、激情型だ。“主”の命令なんてモンがなくても、己の身に代えて、“主”を護るだろう。だからさ」
ピタリと、犬朗の歩みが止まる。
じっ……と、ひとつの眼が、咲耶を見据えた。
「あんたが、ハクの旦那の命令をくつがえしたこと……俺は、ちょっとだけ評価してる。
放っておいても命投げだしそうなヤツには、【いい楔】を刺したことになったろうからな。
それだけ、俺ら“眷属”には命令の言霊は重要だってこと、肝に銘じておいてくれよ?」
真剣な眼差しと声音に、咲耶は金縛りに遭ったように動けなくなった。
直後、犬朗があわてたように、自分の口を両方の前足で押さえた。
「おっと! やべぇ、咲耶サマに無礼な口の利き方をしちまったぜ。犬貴のヤツには、内緒な? なっ?」
強面の甲斐犬がするしぐさにしては、滑稽で可愛らしい。咲耶が噴きだすと、犬朗も肩を揺すった。
「そういやぁ、なんで咲耶サマは“神現しの宴”になんか行きたいんだ? 酒か?」
思いだしたように尋ねられ、咲耶は一瞬だけ答えをためらう。
ごまかすことも、もちろんできた。
だが、この“眷属”に対しては、一度ごまかしてしまったら、二度と自分を信用してくれない気がした。
咲耶は口ごもりながらも、正直に話し始める。
「えっと……なんて言ったらいいのかな……。ハクがね、前に“結界”を修復してる時があってね──」
月光のもと行われていた、清麗で美しき舞い姿。見惚れて動けなくなった自分。もう一度、見てみたいという欲求……。
うまく伝えられているか不安になったところで、犬朗がしたり顔でうなずいた。
「はっはーん、なるほど。
旦那本人は、“結界”直してただけだって言うけど、咲耶サマにしたら『イイモン見せてもらった』っつー感動の出来事だったんだ。
で、『宴』だったら、ひょっとして旦那の踊ってるトコ見られる機会があるかもー、って、そんなカンジ?」
「……っ……そ、そんな感じ」
つたない説明で理解してもらえたのは嬉しいが、咲耶は気恥ずかしい気分になった。犬朗の眼と口が、笑っているように見えたからだ。
「俺の信条は、『君子危うきに近寄らず』だぜ? 危ねぇ橋は、極力渡らずに済ますのさ。
けどよ、黒いの──犬貴は冷静そうに見えて、激情型だ。“主”の命令なんてモンがなくても、己の身に代えて、“主”を護るだろう。だからさ」
ピタリと、犬朗の歩みが止まる。
じっ……と、ひとつの眼が、咲耶を見据えた。
「あんたが、ハクの旦那の命令をくつがえしたこと……俺は、ちょっとだけ評価してる。
放っておいても命投げだしそうなヤツには、【いい楔】を刺したことになったろうからな。
それだけ、俺ら“眷属”には命令の言霊は重要だってこと、肝に銘じておいてくれよ?」
真剣な眼差しと声音に、咲耶は金縛りに遭ったように動けなくなった。
直後、犬朗があわてたように、自分の口を両方の前足で押さえた。
「おっと! やべぇ、咲耶サマに無礼な口の利き方をしちまったぜ。犬貴のヤツには、内緒な? なっ?」
強面の甲斐犬がするしぐさにしては、滑稽で可愛らしい。咲耶が噴きだすと、犬朗も肩を揺すった。
「そういやぁ、なんで咲耶サマは“神現しの宴”になんか行きたいんだ? 酒か?」
思いだしたように尋ねられ、咲耶は一瞬だけ答えをためらう。
ごまかすことも、もちろんできた。
だが、この“眷属”に対しては、一度ごまかしてしまったら、二度と自分を信用してくれない気がした。
咲耶は口ごもりながらも、正直に話し始める。
「えっと……なんて言ったらいいのかな……。ハクがね、前に“結界”を修復してる時があってね──」
月光のもと行われていた、清麗で美しき舞い姿。見惚れて動けなくなった自分。もう一度、見てみたいという欲求……。
うまく伝えられているか不安になったところで、犬朗がしたり顔でうなずいた。
「はっはーん、なるほど。
旦那本人は、“結界”直してただけだって言うけど、咲耶サマにしたら『イイモン見せてもらった』っつー感動の出来事だったんだ。
で、『宴』だったら、ひょっとして旦那の踊ってるトコ見られる機会があるかもー、って、そんなカンジ?」
「……っ……そ、そんな感じ」
つたない説明で理解してもらえたのは嬉しいが、咲耶は気恥ずかしい気分になった。犬朗の眼と口が、笑っているように見えたからだ。