神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
小声で話しかけていた咲耶は、犬朗の言葉に強く問い返す。いきおい、少し声が大きくなってしまった。

支柱ひとつ分ほど離れた席ではあるが、隣になった男が、けげんな目つきでこちらを見てくる。
あわてて咲耶は、愛想笑いを返した。……こちらの世界でも、愛想笑いは有効のようだ。

『うーん……俺のほうの()がうまく遣えてねぇってトコ。ここ、なんか特殊な“結界”張られてんのかも。
……やりづれぇな。面倒なこととか、起きなきゃいいけどな』

犬朗のぼやき声に一抹の不安をおぼえ、咲耶が口を開きかけた時だった。

すっかり耳になじみ始めていた『月下神現』の曲調が、変わった。と、同時に、回廊にいた者たちのざわめきが止む。

(なに……?)

彼らの視線の先を追うと、舞殿に向かい、歩く人影があった。
四隅に設けられた石灯籠と、頼りなげな月明かりに照らされる姿。

(ハク……!?)

就寝時以外は束ねられているはずの髪はほどかれ、常用服の水干姿ではなく、白い袿だけを着ている。
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