神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
情報提供──それが、茜ができる唯一の協力ということだ。
咲耶は、すぐさまハクコと自分たちの“眷属”について訊いた。

「密偵にやった猿助の話によると、ハクは『宴』の前に愁月から特殊な香を()がされて、その上で“呪”をかけられたっぽいわ。
で、その影響下から抜け出せずに、今も愁月の屋敷で軟禁されているようね。
アンタ達の“眷属”は、黒虎毛のコを抜かせば、無事のようよ。特に実害はないって、思われてるんでしょ」

黒虎毛──犬貴は、ハクコが軟禁状態にある以上、愁月の屋敷に留まっていると考えていいだろう。

(犬朗も転々も、大丈夫だったんだ……良かった……)

ホッと胸をなで下ろす。
ハクコと犬貴は気がかりだが、少なくとも現状の咲耶よりは安全だろう。

「──あの。これは、ダメ元で訊くんですけど。
私がハクに名前を伝えられるまで、どこかに私を(かくま)ってくれるような、人とか組織みたいなものって……ない、ですかね?
もちろん、この“下総ノ国”にはないでしょうけど……」

一瞬だが咲耶の脳裏には、以前に百合子から聞いた「“仮の花嫁”のうちは、元いた世界に戻れる」というものがよぎった。

しかし──。

(できることを全部やって、そのうえで無理だって納得できるまであきらめきれない)

咲耶はハクコに「名前を伝えられるまでも、その先も、ずっと側にいる」と、誓ったのだ。
いまさらその約束を反古(ほご)にして、元いた世界に戻るなど、できない。
……たとえ殺されると解っていても。

(だって、まだ私は生きて(・・・)ここにいる。希望が全部、費えたわけじゃない)

咲耶は、茜の返事を祈るように待った。
果たして、茜は苦笑いを浮かべ、うなずいてみせた。

「そうくるとわね。でも、アンタの選択は正しいわ。
──“神獣の里”に、行きなさい。
アンタは“神力”が扱えないとはいえ、ハクと正式な“契りの儀”を交わした“花嫁”なんだから、受け入れてもらえるはずよ」

返された答えは咲耶にとって、薄暗い岩牢のなかで、ひとすじの光明が射し込むものだった。






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