神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
一緒にいた牢番が、あわてたように言う。

「こ、これ、言葉を控えぬか!
今までは静かにしておったのですが、急に気が触れたようにこのような……。やはり、モノノケに()かれておるのでしょうか……?」
「可能性はあろうな。そなたはいったん、下がっておれ。あとは私に、任せれば良い」
「そ、そうですな。
しかし、先ほどから気になっておりましたが、その(かご)の中身は、なんですかな?」
「ああ、これは──」

牢番の指摘に、手にした籠を開く愁月と思わしき男。

瞬間、

「……っ! ……ぎゃっ……あだ、だ……ひぃっ……や、やめ……!」

(まり)のような丸い物体が牢番の顔に張りつく。
次いで、鋭い一撃が、顔を覆った男の首筋に加えられた。
明るい茶と黒の(しま)模様の猫が爪で顔を引っかいたあと、飛び蹴りをくらわしたのだ。

「転々! ……じゃ、そっちは……」

不意討ちを受けた牢番にさるぐつわをかませ、素早く手足を縛りあげたのち、咲耶のほうへやってくる人物。
雰囲気は愁月を思わせたが、薄明かりに照らされた顔は、愁月よりも人の良さそうな顔立ちをしていた。

「さささ咲耶様っ、遅くなって、申し訳なかったです……! えっと……あのですね、ボクたちは、その……」
「ああっ! 相変わらず、じれったい坊主だね!
咲耶さま、お迎えに来たよっ! 詳しい話は、あとでしますからねっ?
ほらっ、坊主、鍵ッ!」

牢番の腰に下がった鍵をくわえ、転々が愁月に化けたタヌキの坊主……もとい、たぬ吉に放って寄越した。
すかさず、たぬ吉が解錠する。
……動作は速いのに、口が回らないのはなぜだろう。

咲耶の素朴な疑問をよそに、たぬ吉と転々の連携により、もう一人の牢番も捕えると、咲耶の入っていた牢へと二人を運ぶ。
錠をかけのち、“眷属”たちが咲耶を振り返ってきた。

「じゃ、咲耶さま、行こっか!」

どこに? と、咲耶は尋ねなかった。

信じて待った彼ら(・・)と行動を共にするのに、疑問をはさむ余地などなかったからだ。





転々に咲耶の“影”に入ってもらい洞窟を出ると、外には澄んだ空気のなか、星空が広がっていた。

たどたどしいたぬ吉の説明によれば、この辺り一帯は確かに愁月が“結界”を張っていて、犬朗のような強力な『物ノ怪』は入ることすら叶わないようだった。
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